*彼女の本音


休日のショッピングモールは家族連れと恋人たちで混み合っている。その中を一人歩くことに抵抗はないが、隣を歩いてほしい人のことを思い浮かべる回数は自然と多くなる。
デートの時はどんな服を着るのだろうか。どんな髪型にするのだろうか。そんな妄想が膨らんでは消すことを繰り返していると、前方の女の子が想い人に見えてきた。背丈や体型だけでなく立ち姿が似ているのだ。彼女もあんな風に背筋をピンと伸ばしている。

「1人なんだろ?昼奢るからさ」

女の子の方ばかりに気を取られていたがどうやらナンパされているらしい。

「しつこいなー」

その声に新開の足が止まる。

(まさか…)

「行かないって言ってんでしょ。諦めなさいよ」

(本人かよ!)

先程から頭の中を占領していた苗字がそこにいた。
新開の予想を裏切らずナンパされている苗字は、持ち前の気の強さで男をあしらってはいるが今回は手間取っているらしい。

「こんなに美人なのに1人なんだからナンパ待ちだろ」
「悪いな。1人じゃないんだ」

苗字の腕を引き寄せる。軽い彼女の体はあっさり新開の胸の中に収まった。

「んだよ。男いるなら言えよな。時間無駄にしただろーが」

男は新開を見るなり悪態をつきながらあっさり引き下がっていった。ナンパなんてこんなものだろう。男がこちらに背を向けて歩き出して、ようやく新開は密着していた苗字を解放した。

「相変わらずモテるな、おめさん」
「新開……?」

何が起こったのかわからないというようにパチパチと瞬きを繰り返している。
休日の装いの彼女は制服とジャージ姿を見慣れている新開の心臓を跳ね上がらせた。スカートから出ている足も開いた胸元も直視したいができない。

「1人で買い物か?」
「うん。えーと……ありがと」

混乱しつつも助けたことへのお礼が出てくるあたり律儀だ。

「新開も買い物に来たの?」
「ああ。ちょうど終わったから昼メシ食って帰ろうとしてたところだな」
「!じゃあお礼に奢…おご…」

名案とばかりに意気込んでいたのが急激に萎んでいったのは、新開の食べる量を思い出したせいだろう。明るかった顔が固まってしまった。
休日に会えただけでも幸運だ。だが、クルクルと変わっていく彼女の様子にもっと見ていたいと欲が出てきた。

「苗字もメシまだなら一緒に食おうぜ。お礼とかいいから、普通にさ」

苗字の手を握って歩き出す。自分のものとは全く違う小さく柔らかい手にドキリとする。
下心がバレるのではないかとヒヤヒヤして苗字を見たが、俯いてしまっているので表情がわからない。振り払われないのだから嫌ではないだろうと前向きに捉えると、ニヤける顔は隠しようもない。


***


「いつもあんななのか?」

新開の問いかけにパスタを巻きつけていた手が止まる。
2人が入ったのは女子が好きそうなパスタの店だ。デザートセットを勧めるとキラキラした目でケーキを選んでいた。

「あんな?」
「いつも声かけられるのかってこと」

「あー」とハッキリしない返答しかないところを見るに図星のようだ。先ほどのあしらい方を見た後なので予想はしていた。慣れていければあんな雑な対応はしないだろう。

「さっきはしつこかったけど大抵すぐ諦めるから平気だよ」

嘘ではないのかもしれないが放置しておけるものでもない。
苗字は新開の心配など全く気にせず美味しそうにパスタを口に運んでいる。

「まだ買い物あるんだよな」
「え?うん。まだ半分くらい」
「オレはこの後用事もないからさ、付き合うよ」

新開の申し出に再び苗字の手が止まる。

「また声かけられるかもしれないだろ」
「いやいや、新開がそこまですることないでしょ。女子の買い物って長し」
「それはラッキーだな」

少しでも長く一緒にいたい新開にとっては願ったりかなったりだ。だが苗字は「意味わかんない」と怪訝な顔だ。

「ナンパされずに済んで荷物持ちにもなる。苗字にデメリットあるか?」
「う……」
「決まりだな」

渋々だが苗字も了承する。
安心して新開は運ばれてきた2皿目に取り掛かった。


***


「化粧を直してきます」

デザートを食べ終えて雑談をしていると苗字が改まって言う。何で敬語なのか。

「新開の隣歩くのって結構ハードなんだよ?女の子の視線がめっちゃ痛いし。こうなるならもっとちゃんと化粧してきたのに」
「それはすまねぇな」

褒められているのか文句を言われているのかわからず適当な相槌をしてしまう。
そのままでも十分カワイイのだが、言ったら割と本気で怒られるのでやめておく。女心は難しいなと新開は伝票を持って立ち上がった。
レジで会計を終えるとちょうどいいタイミングで苗字が戻ってきた。

「どの店から行くんだ?」
「ちょっと待って。お金払うから」
「奢られておけよ」
「元々は私が奢る予定だったんだけど」

苗字は不満と不機嫌を隠そうともしない。眉を釣り上げて説教モードだが、新開も小慣れているので苦笑して流そうとする。

「ここは男にカッコつけさせておけばいいんじゃないか?」
「ただでさえカッコイイのにそれ以上カッコつける必要ある?」

すごく怒っている。
苗字は怒っているのだ。
だが………。

「聞いてんの?…って顔赤いけど何で?」

怒って思わず出てしまった言葉なら彼女の本心なのだと自惚れてもいいだろうか。

「カッコつけたいんだよ。おめさんの前ではな」

新開も少しだけ本心を晒してみる。
みるみる赤くなる苗字は新開の理性を揺るがすには十分な破壊力で。
もう一度手を取ってみる。
今度はきちんと目を合わせて。

「行くか」

繋がれた手がぎゅっと握り返されたのを合図に2人は足を踏みだした。




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