*惚れ直すよ


自転車競技部の新開隼人に彼女ができたという話は瞬く間に広まった。
生徒、教師、果ては購買や食堂のおばちゃんたちにまで知れ渡るのに3日もかからなかった。

「先生までからかってくるとは思わなかった」

名前が顔をしかめて部誌を書く。
練習も終わり、いつもの居残り練をした荒北と福富、東堂、新開が着替えてロッカーから出て来たところだった。

「嫌な思いさせたか?」
「嫌ってことはないけど…メンドイ」

名前の返事に心配していた新開が苦笑する。
なぜこの話が広がったかと言えば、新開が告白され「苗字名前と付き合っている」と断ったことに発端する。
隠すつもりはなかったが、これほどの影響があるとは。やはり新開隼人の人気は侮れない。

「みんなの視線が息苦しい」
「人の噂も何とかと言うし、しばらく我慢していれば皆慣れるさ」
「東堂が珍しく優しい…!」
「惚れ直したか?」
「いや、惚れてないから」
「だな。惚れているのは隼人だからな」
「やっぱり優しくなかった」

東堂にからかわれた名前がうなだれる。

「新開ィ」
「何だ?靖友」
「顔が崩れてンだよ。ニヤケやがって」
「靖友、オレのことニヤケヤロウって呼んでたじゃないか」
「んじゃあ言い直してヤンよ。デレデレ見てんじゃネーヨ」

新開の名前が可愛くて仕方ないというニオイに荒北は胸ヤケがすると言う。自分が名前を可愛いと思うのは前からなのだから今更ではないかと主張したら殴られた。

「まあオレたちからすれば“やっと”という感じだが、他の者たちはそうはいかないだろうな」
「新開、苗字を大切にするんだぞ」
「もちろんだぜ、寿一。大切にするって約束したからな」

バキュンポーズを決め得意げに笑う新開に水を差すのはやはり荒北だ。

「新開、大切にするとか紳士ぶってっと自分の首絞めんぞォ」
「靖友!」
「だってそうだろォ?おめー苗字のコトどんくれぇ我慢してたよ?」
「うっ…」
「本人の前でする会話じゃあないよね」
「てめェのために言ってんだよ」
「だよね。ありがと、荒北」

荒北の言わんとしていることはわかっている。

「大丈夫だよ。隼人は」

名前は書き終えた部誌を手に立ち上がる。

「大切にするってさ、手ぇ出すとか出さないとかじゃないと思うよ」

荒北が小さな目を見開いている。
東堂は口の端を上げている。
福富はいつも通りだ。

「まぁ私は隼人ならいいんだけどね」

ドサッと大きな音を立てた方を見ると、落下した鞄と耳まで真っ赤にした新開が立っていた。

「だってヨォ新開?」
「据え膳食わぬは何たらと言うが…」
「苗字がそれでいいなら構わないだろう」

思わぬ3人のアシストに今度は名前が驚く。
東堂は「隼人をよろしくな」と名前の肩を叩いた。部誌は福富に取り上げられ、荒北に背中を蹴られた新開が追い出されるように部室を出た。
実際戻れる雰囲気でもないので、仕方なくいつもの帰り道を2人並んで歩く。
自転車部3年レギュラーの全面協力によりお膳立てをされたはずの新開はそれでも困惑顔だ。
しばらくすると視線を感じたのだろう。足を止めて名前に向き合う。

「本当に大切にしたいんだけどな…」
「だからさ、大切にする仕方なんてそれぞれでしょ。隼人は隼人のやり方で大切にしてくれるって私は信じてるよ」

迷いなく言い切る。
大事なのは気持ちだ。
新開は決して名前を軽い気持ちで扱わないし、愛情なく傷つけることはしない。

「名前はカッコよすぎだな。惚れ直すよ」

幾分か表情を和らげた新開に名前は人差し指を向ける。

「何度でも惚れ直せば?私は毎日隼人のこと好きになってるよ」
「それ以上言うなよ。我慢できなくなるだろ」

言うなと言っておきながら物理的に口を塞がれた。舌が割り入ってきて口内を一撫でする。濃厚なのにどこか優しいキスは新開らしくて、ついクスリと笑いが漏れる。唇が触れ合ったままの笑いに新開の肩が揺れたのが見えたその直後、いきなり両腕をつかまれ体を引き剥がされた。

「隼人?」

名前の呼びかけに反応がない。しかし再び顔をしかめている新開にもしかしてと思い、視線を下に向けてみる。

「名前が煽るからだぜ?」
「で、どうするの?」
「……………………………抱きたい」

新開が「情けねー」と顔を覆いながらしゃがみ込む。
顔が見たくてその腕をどけてみると、困って眉を下げた新開が、それでも熱を持った瞳に名前を映していた。

「約束する。オレのやり方で大切にする」
「うん。それで十分だよ」

新開となら大丈夫。そう確信できるほど彼を見てきた。迷うことなど何もない。
名前は力いっぱい新開の体を抱きしめた。




prevnext

back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -