*最高の


「なかなかデートできなくて悪いな」
「私も部活してるし?」
「はは。そうだな」

久々の休養日。名前と新開は揃ってショッピングモールへ足を運んだ。
新開が部活で忙しいのなら、マネージャーの名前も忙しい。デートできることは少なくても2人の予定がすれ違うことがないのは救いだ。

「何見るんだ?」
「服。あと靴も見たいな」
「オーケー」

どちらからともなく手を繋ぐ。ゴツゴツした大きな手は、名前の手よりも自転車のハンドルを握っていることの方が多い。

「隼人、これはどうかな」
「カワイイけど、おめさんその服で動きにくいって言わないか?」
「言うかも。じゃあこっちは?」
「いいんじゃないか。似合ってるぜ」

新開はなかなかの相談相手だった。
男子は彼女の服を一緒に選んだり感想を聞いたりするのは嫌なものかと思っていたが、新開はその範疇にはいないらしい。他の店を見たり座って待っていたりしてもいいと言ったのだが、一緒に店に入って付き合ってくれる。

「カッコイイ彼氏さんですね」

新開が似合うといった数点を持って会計を済ますとショップ店員がにこやかにそう言った。
新開と出掛けるとこういう場面に出くわすことがある。その度、名前はどう対処すればいいのか迷い、結局「ありがとうございます」と自分でもスッキリしない返答をしている。
モヤモヤした気持ちを抱えながら先に店から出ていた新開に合流すると、何やら見つけたらしく前方をじっと見ている。

「お待たせ。何かあった?」
「あそこに甘味処があるんだ。あんみつ奢るぜ」

デートの時はパワーバーを封印している新開が空腹を訴えてきた。まだ来たばかりだというのに相変わらずの燃費の悪さだ。

「入るのはいいけど、あんみつは太りそう」
「名前最近痩せただろ。食っとけよ」
「何で知ってんの?」
「何でって…そりゃあ…な?」

曖昧な顔で笑う新開に、その意味を理解した。

「………ヘンタイ」
「男なんてみんなそうさ」

さきほど「カッコイイ彼氏」と褒められた人間が開き直っている。
名前にしても今更それくらいで恥ずかしがることもない。どうせ全部知られているのだ。

「お団子も食べていい?」
「もちろん!」


***


「新開じゃねぇか?」

小腹(とは言えない)を満たして店を出ると太い声に呼ばれた。
振り返ると見知った顔がそこにいた。

「迅くんと」
「巻ちゃん」
「その呼び方止めるっショ」

千葉の総北高校の田所と巻島が近づいてくる。遠くからでもわかる。目立つ二人組だ。

「久しぶりだな、新開。そっちは確か箱学のマネージャーだよな」
「苗字名前だよ。田所くんたちも買い物?」
「ああ。ここのサイクルショップなかなか品揃えいいんだぜ」
「本当?じゃあ後で行こうよ」
「そうだな」
「……2人は付き合ってるっショ?」

巻島が指差した先が自分たちの繋がれた手であることにようやく気付いた。慌てて離そうとすると、逆に強く握られ抱き寄せられる。

「そうだよ」

新開がニヤリと自慢気に言うので田所と巻島がポカンとしている。

「ガッハッハ」
「どんだけバカップルっショ」
「…隼人」
「自慢したいんだ」

幸せそうに笑って言われてしまうと咎めることもできない。嬉しいやら照れくさいやらで複雑だ。

「まぁ苗字さんが彼女なら自慢っショ」
「もしかして東堂から何か聞いてる?」
「日頃どれだけ苗字さんが手厚くサポートしてるか聞いてるっショ」
「東堂の奴…」

他校の生徒に何を話しているのだ。しかも普段は絶対褒めないくせに巻島には言うのか。自分でも顔が険しくなっていくのがわかる。名前にはシビアに接する東堂の淡々とした表情が頭に浮かんだところで、来週はレースだったことを思い出す。

「巻島くん、来週のレース宜しくね。東堂楽しみにしてるから。あいつナルシストだし、巻島くんにはうるさいし面倒だけどさ、自転車に関しては純粋だから。そこんとこは尊敬してるんだ」

巻島と田所が目を丸くしている。
名前の東堂への評価は同級生へのものとしては最大級のものだ。
新開は一瞬だけ驚いて眩しそうに名前を見つめた。

「新開、オメェいい彼女持ったな」
「ああ。最高の彼女だよ」

(あ、そう返すんだ)

無難にごまかすのではなく、熱を持った真っ直ぐなその言葉は新開らしいものだ。
真似できないなと、先ほどの東堂への評価に全く同じことを思われているとも知らず、名前はひとり唸る。

「田所っち、デートの邪魔しちゃ悪いっショ」
「おお。そうだな」
「じゃあな、新開。苗字さんは来週のレースでな」
「うん!またね!」

名前が花が咲いたように笑って手を振った。
巻島が「東堂が気にいるのもわかるな」と隣にいる田所にも聞こえないほど小さく呟いて手を振り返した。

***


「名前が尽八のことをそんな風に思ってたなんてな」

総北の2人と別れて数分。靴屋を目指す途中、春が近づいているので明るい色のパンプスが欲しいなと考えていると新開がポソリとこぼした。

「東堂には言わないでよ。悔しいから」
「はは。おめさんたち仲いいな。…なぁオレは?オレのことはどう思ってる?」

普段ならあまりない類の質問にひっかかり新開を見上げる。

「もしかして東堂にヤキモチ焼いてる?」
「名前が素直に尽八のことを認めてるだけだってのはわかってるんだぜ?でも他の男のことあんな風に言われて何も思わないはずないだろ」

ただのヤキモチである自覚があるので、新開の顔は赤い。普段の飄々とした態度とは全く違う感情的な側面。
彼をこんな風にできるのは自分だけだと少しうぬぼれてもいいだろうか。

「隼人のことは優しくて強くてカッコイイ……最高の彼氏だと思ってるよ。情けない部分もあるけどそれも含めて好き。あと、ああやって隼人に自慢してもらうの、嬉しいよ」
「おめさん本当に煽るの上手いよな」
「え?は?元々は隼人が…っ」

言い終わらないうちに唇が降ってきた。こんな公衆の面前でと、体を離そうとするが厚い胸板はビクリともしない。たっぷり1分間は堪能されて、ようやく解放された時には名前の方が真っ赤になっていた。

「ヤッバイな、その顔」
「うっさい。誰のせいだ」
「オレのせいってのがたまんねぇ」
「真昼間から盛るな」
「予定変更していいか?靴は今度埋め合わせする。サイクルショップもその時だ」
「断ったら?」
「ここでもう一回キスする」

あくまで譲る気はないらしい。新開の瞳を見れば本気なのも明白だ。
黙って手を引かれて歩く。
新開の足取りは軽い。鼻歌が聞こえてきそうなほど機嫌がいい。
せっかくのデートで髪も服も頑張ったが、仕方ない。そっと聞こえないように溜息をついた。




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