*空模様


よく晴れた日だった。
銀の髪が太陽の光に透けてとても綺麗だったのを覚えている。
なのに思い出すのは空と同じ色のあの瞳だった。


***


「久しぶりだね、新開と2人でお昼食べるの」
「突然すまねぇな。でも……話したいことがあって」

パンの袋を持ったまま動かないのは話しにくいことだからか。俯いた新開の表情は読めない。
半年前まではよくこうして2人でお昼を食べていた。こっそりと隠れて穏やかな時間を共有していたのがもう懐かしい。

「黒田のこと?」

挑発するみたいだなと思ったが、新開は落ち着いて首を横に振った。
3日前のよく晴れた日、名前は黒田に呼び出された。
予想していた通りそれは告白で、名前が抱いたのは「とうとうこの日が来てしまったな」と切なくなる想いだった。真っ直ぐに自分を見てくる黒田に接するたび、名前はなるべく『その時』が来なければいい。そう思っていたのに。

「違うんだ。確かにきっかけは黒田のことだけど。そうじゃない」

新開は覚悟を決めたように顔を上げた。あの日見た空と同じ色の瞳に名前が映っていた。

「オレ、苗字を裏切った」

意図的だろう。酷く棘のある言葉だった。

「インハイ出てリザルト取るって言ったのに自分から放棄した。ずっとずっと、苗字は待っててくれたのに」

高校に入学した初夏。この人を好きになると思った。あの時からずっと。そう、ずっとずっと、だ。そしてそれはたぶん新開も同じだ。少しずつ自然とお互いの心に入っていった。気持ちを言葉にしたことはない。むしろ暗黙の了解で避けてきた。だが新開は名前の、名前は新開の心を確かに受け取っていた。
それが崩れたのが半年前。
新開がインターハイ出場を辞退した。
それから新開は名前を避けた。避ける理由は聞かされなかった。どんどん2人は離れていった。その間を埋めるように黒田は距離を詰めてきた。一度に色々なことがありすぎて戸惑うことすらできなかった。ただはっきりしていたのは、名前は新開を信じているということだけだった。

「インハイのことだけじゃない。オレは取り返しのつかないことをした」

ウサギがいた。
可愛い小さな元野ウサギだ。
ようやく触れた彼の痛みは、柔らかくて愛おしいはずの存在を沈んでしまうほど重く感じさせた。

「見限られても仕方ない。オレから手を離したんだから今更だろうって」

新開は何かを抑え込むように手をギュッと握りしめる。

「でも黒田が苗字に告白したのを知って、絶対に譲れないって思った。オレ本当に勝手でワガママなんだ。自転車も諦められなかったのに、苗字も……」

その瞬間名前は動いていた。
自分よりもだいぶ大きいはずの彼の体を包むように抱きしめていた。
頬に柔らかな赤毛が触れて、掌に大きな背中の熱が伝わって、目の前には青い空が広がっていた。

「好きだよ。オレ、苗字が好きだ。苗字が欲しい」

静かに告げられた想いはスッと胸の中に落ちて、空洞だった部分にぴったりとはまっていった。
抱きしめていた新開の体からも緊張が抜けていく。

「泣かせたいわけじゃなかったんだけどな」
「泣くなっていう方が無理だよ」
「だいぶ時間かかっちまったけど、もう離さない。今度こそ。大切にする。約束するよ」

新開の指が名前の涙を掬う。
これまでも大切にしてもらっていた。十分すぎるほどに。わかっていたから信じ続けることができたのだ。
新開は裏切ったと言ったけれど、ペダルを回し続けている彼をどうしてそんな風に思えるというのか。

「好き。私も新開が好き」

自然と口にしていた言葉に新開の目が細められる。
それは完全に男の顔で、名前が息を飲むほど艶やかだった。

「名前、好きだ」
「私も隼人が好きだよ」

満足そうに口角を上げた新開の顔が近づいてくる。
初めて触れた唇は少し乾いていて、やはり彼も緊張していたのだなと安心する。

「名前……まだ足りねえんだけど」

男の顔の新開が名前を見下ろしている。
後頭部にはいつの間にか手が添えられていて、名前は新開が満足するまで彼の気持ちを受け取ることになった。


***


何度も甘いキスを繰り返した後、ふと新開が思い出したように言った。

「黒田には何て言ったんだ?普通に部活に来てるけど」
「好きな人がいるってちゃんと言ったよ。『知ってる』って言われちゃったけどね」
「名前、黒田のこと気に入ってたろ」

気持ちを確かめ合って余裕ができたらしい。新開の口調は笑いを含んでいる。

「あれだけ好意隠さず突進してきたらカワイイじゃん」
「その分オレには好戦的だけどな」
「そこも含めてカワイイ後輩。私が好きなのは隼人だよ。ずっとね」

よく晴れた日だった。
黒田の銀の髪が太陽の光に透けてとても綺麗だったのを覚えている。
なのに思い出すのは空と同じ色のこの瞳だった。

空がずっと青空ではないように、二人の関係も色が変わる。
青空から雨模様に。
雨は止んで曇天が続いた。
そして今澄み渡ったこの空に、大好きな笑顔が目の前に広がっている。
きっとまた曇ることもある。
嵐になることもあるかもしれない。
だが何も心配することはない。
いつだって青空は彼の瞳の中にあるのだから。




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