*嘘でも言えない


大量の洗濯を干していると部室に近づいてくるロードの音がする。
今は全員外を走っているはずだがと首を傾げたが、一人だけ当てはまらない人間がいたことに気付く。

「真波ー?」

部室を覗くとちょうどやはり真波がロッカールームのドアを開くところだった。

「あ、苗字さん。見つかっちゃった」
「“ちゃった”じゃないでしょ。東堂…よりも荒北が怒ってたよ」
「ですよねー」
「まぁそれはいいんだけど」
「いいんだ」
「はい、これ。水分補給」

いつものヘラヘラと気の抜けた笑顔を振りまく真波に特製のボトルを渡す。
真波はそれを受け取ると大きな目で名前を見つめてきた。

「苗字さんって真面目だけど少しズレてますよね」
「褒めてんの?貶してんの?」
「褒めてます」
「ならいいや」
「ほらーそういうところ。新開さんの彼女って感じ」
「軽口はいいから走ってきなよ」
「オレ、興味があるんですけど」
「走る気あるの?」

可愛い顔して背の高い後輩を見上げる。
サボるし遠慮もないが憎めない。言い出したら聞かないのも知っているので続きの言葉を待つ。

「苗字さんって、新開さんにどうやって甘えるんですかぁ?」
「は?」

脈絡もない爆弾発言に怒りを通り越して呆れる。放り投げてきた本人は相変わらず食えない笑顔だ。
名前の内心を気付いているのか敢えて無視しているのか、真波はさらに続けた。

「この前先輩たちが話してるのを聞いちゃって。荒北さんが新開さんに『おまえは苗字に甘えすぎなんだよ』って怒ってたんですけどね?『名前だって甘えてくるぜ』って新開さんが」
「甘える意味が全然違うと思うんだけど。ってか隼人の奴何言ってんの」
「それを聞いた東堂さんが『アレはなかなか甘えないだろう。どう甘えてくるんだ?』って。そしたら新開さんが『理性飛ぶくらいカワイイぞ』って」
「もう本当に男子高生ってバカ!と言うか隼人がバカ!!」

聞いていられなくて叫びだす。
恥ずかしくて荒北や東堂の顔が見られないと名前が赤面していると、真波が「なるほどー」と納得している。

「何、真波」
「いいえー苗字さんの恥ずかしがる姿がカワイイなぁって。新開さんの言ってることわかる気がします」
「さっきから本当に何言っちゃってんの」

熱くなる頬を掌に感じながら真波を睨む。

「あと新開さんこんなことも言ってましたよー」
「もぉいい。聞きたくない」
「『名前が甘えてくるとガマンできない』って」

部室の外から複数の車輪の音が聞こえてくる。もちろん最初に戻ってくるのはレギュラーたちだろう。この顔を見られるわけにはいかないと、名前はゆっくり回れ右をする。部室のドアノブに手をかけた瞬間、向こう側から開かれよく知った顔が出てきた。

「おっとすまねぇ…って名前?」
「………」
「どうした?体調でも悪いのか?」

本当に優しいのだ、この男は。
今も名前から何も返答がないのを訝しんで覗き込んでくる。
優しくて強くて、仕草一つ取ってもカッコイイ。自慢の恋人だと思っている。だが、許せないこともある。

「名前、大丈夫か?」
「……大丈夫じゃない!!バカ隼人!!」

乱暴な言葉を吐き捨て名前は外へ飛び出していったが、瞬間見えた顔に新開は固まって動けない。

「新開ィ。今、苗字が走ってったケドォ?なんかアイツ…」
「赤面して可愛かったな」
「靖友、尽八。忘れてくれ!今すぐ!!」

新開を罵りながら見上げてきた名前は目に涙を堪えて耳まで赤くしていた。
そんなものはっきり言って抗議の効果などまるでない。
体調の心配をしていた自分はどこかに消えて、彼女を押し倒したい欲に染められた。
そしてそんな彼女は自分だけが知っていればいいのだ。なのにチームメイトが見てしまった。できることなら全員記憶喪失になればいい。

「器がちっせぇナァ。せっかく今日の夜のオカ…」
「靖友、それ以上言ったら許さないからな」
「鬼が出てるぞ、隼人」
「真波ィおめぇアイツに何言ったんだヨ」

荒北が新開の形相に動じず、部室をこっそり抜け出そうとする影に気が付いた。反射で「しまった」と顔に出てしまったことでそれが当たっていることまで証明つきで。

「えーと……これって怒られますよね?」
「鬼さんが待ってるヨォ」

結局洗いざらい吐かされた真波は、新開ではなく荒北と東堂にコッテリ絞られた。新開は名前が許してくれるか、許すどころか嫌われるのではないかと心底落ち込んでしまったからだ。

「でも苗字さんってカワイイですね」
「真波、それ以上隼人の傷を抉るな」
「だって新開さんのこと『バカ』って怒ってましたけど『嫌い』とは言いませんでしたよ?嘘でも言えないんでしょうねぇ」

真波のその一言に新開が携帯を握りしめて走り出した。
静寂が戻った部室では、残れた面々はニコニコ笑っている真波をこれ以上説教するべきか頭を悩ませるのだった。


***


「名前、怒ってるよな」
「怒ってるに決まってるでしょ」
「ごめん」
「すっごく恥ずかしいんだからね」
「うん」
「わかってるの?」
「うん。名前は甘えるの苦手だけど、オレにだけは甘えてくれんの知ってる」
「隼人のバカ。…って何で笑ってんの?反省してる!?」
「いやぁ……確かに『嫌い』とは言われないなって」
「!!ばっっかじゃないの!?」




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