・Graduation album


付き合い始めて丸1年が経過した時、不意に荒北が「一緒に住もう」と言い出した。正直半分同棲しているような状態だったので家賃がもったいないと思うことはあった。だから名前は即賛同したのだが、そこから先が予想外だった。驚くべきことに荒北は名前の実家を訪れ両親に挨拶をしたのだ。そこまですることはないと言ったが、ケジメだからと譲らなかった。元々それほど固い性格でもない両親は真面目な荒北の態度に感心して一緒に住むことを認めてくれた。

「おい。さっさと荷解きしろよ」

キッチンから荒北の苛立った声がする。
今日は新居への引っ越しの日だ。荷物が少ない荒北は早々に荷解きが終わり、キッチンの整理をしてくれている(たぶん夕飯を作ってもらいたいからだろう)。
名前は生返事だけして段ボールのテープを開ける。中に入っていたのは参考書で、共有の本棚にそれを並べようとした時ふと目に入ったものがあった。

(アルバム……?)

立派な表紙のそれは箱根学園の卒業アルバムだった。
これは見ない方がおかしい。それを本棚から抜き出してパラパラとめくっていく。

「名前?あ!?何勝手に見てんだよ!!」

突然静かになった名前の様子を見に来た荒北が、その手にあるものを認めて慌てて取り上げようとする。

「いや、見るでしょ。制服の靖友だよ?」
「見なくていいだろ。何の得にもならねェよ!」
「ネタになるかもしれないでしょ!?」
「面白がってンじゃねーよ!!」

5分は言い争った後、勝者の名前は戦利品であるアルバムをしげしげと眺め始めた。荒北は隣で不貞腐れてベプシを飲み始めたが、もう止めることはしなかった。

「制服の荒北だぁ〜やっぱり今より少し幼いよね。お、自転車部だ。青の箱学ジャージ!あ、福富くんと新開くんだ。高校生でもイケメン!あ、東堂くんもいる」

荒北のレースは時々見に行っている。箱根学園時代の元チームメイトにも会った。照れくさそうに、それでもはっきりと名前を彼女だと紹介してくれた荒北の横顔は今でも鮮明に思い出せる。

「仲いいねぇ」

肩を組んで笑い合う4人の写真をそっと撫でる。
箱根学園入学当時は荒んでいた自分を変えたのは彼らとの出会いだと、荒北が真剣に話してくれたことがある。今では別の大学に通い勝敗を争っていても、彼らとの絆は荒北にとってかけがえのないものなのだろう。

「こっちはクラス写真だ」

順番に捲っていくと、程なくして荒北のクラスは見つかった。クラスメイトに囲まれる荒北を微笑ましいと思っていた名前の顔は、ある人物を見て徐々に険しくなっていった。

「…靖友。この美人誰?」
「あ?」

名前の低い声に怪訝そうに荒北がアルバムを覗き込んできた。
荒北のクラス写真のほとんどに映り込んでいる女生徒。文化祭では女生徒が赤ずきん役、荒北は狼役だったようだ。嫌がる荒北の腕を引っ張って笑顔を向けている。普段あまり女性と関わろうとしない荒北にしては近い距離感だ。

「あー…そいつね。チャリ部のマネージャー」

王者はマネージャーも美人なのか。これなら士気も上がることだろう。野球部とは言え同じマネージャーだった自分と比較して、今更だが部員たちに申し訳なさが生まれてきた。

「仲良かったんだね……?」
「悪くはねぇな」

荒北の表現としてそれはかなり仲がいいということだ。名前の胸がチクリと痛む。

「靖友、この子のこと好きだった?」
「ブッ」

飲んでいたベプシを吹き出した。
今の彼女は名前だ。当時荒北が写真の女生徒を好きだったからと言って何が変わるわけでもない。だが、これほどの美人と同じ時間を過ごしていたのかとモヤモヤしてしまうのだ。

「何でそーゆーことに直結すんのォ?」
「だってこんな美人だし靖友が珍しく仲良いし」

荒北は本当に嫌だったら触れさせることもしないだろう。他の写真を見てもこれほど荒北と距離の近い生徒は自転車部のチームメイトを除いては、女子はおろか男子さえもいなかった。
どんどん暗い顔になっていく名前を見て、ガジガジと頭を掻いた荒北がふーっと大きく息を吐く。

「ソイツさ、福チャンと似てんだよ」
「福富くん?」
「そ。黙々と自分の仕事すんの。文句一つ言わねぇで。そのくせ周りのこともよく見てんだよ。で、人の核心を突いてくる」

当時のことを思い出しているのだろう。荒北の視線は遠い。

「オレはそういう奴に弱ぇんだよ」

荒北の表情は柔らかい。それを見て名前は妙に納得してしまった。恋愛とはまた違う。親愛に限りなく近い信頼。

「会ってみたいな」

ポツリと呟いた名前に荒北は驚いたように目を見開いた。

「靖友と仲良いなら私も仲良くなれるでしょ?」
「だろうな」

ニヤリと歯茎を見せた荒北は楽しそうだ。
嫉妬しないかと言えば嘘になる。しかし箱学での3年間、もがき続けた荒北に彼女が力を貸してくれていたのであれば、名前は彼女に感謝したい。

「あと、ソイツ新開の彼女。高2から…だったか?」
「うっそ!?マジで!?美男美女じゃん!!」

思わず部活のページに戻ると、何かのレースで優勝した新開が彼女に笑いかけている写真があった。完璧な画に眩暈すら覚える。自分の彼氏に対して失礼なことだが、これでは仮に荒北が片想いしていたとしても勝ち目はない。

「名前。何考えてるか丸わかりだからな?」
「何のこと?」

笑ってごまかした名前に、呆れた視線を向けていた荒北が何かを思いついたように腰を浮かした。そして次の瞬間には名前は荒北に覆いかぶされていた。

「オレの好み知ってるゥ?」
「し…知らない……」
「気が強いくせに意外と泣き虫で、何年の前のアルバムに嫉妬しちゃう奴なんだけどォ」

ニヤリと悪い笑みを浮かべた荒北の顔が目前に迫ってくる。

「靖友ってその子のこと好きなんだ?」
「すっげぇ好き」

揶揄おうと応戦したつもりが逆に不意を突かれてしまった。こんなに直球でくるなんて聞いていないと叫びそうになった瞬間に思い出す。名前の首元に食らいつくこの獣はいざという時には誰よりも真っ直ぐなのだ。まだ片付いていない段ボールを視界の端に入れながら名前の体はどんどん熱さを増していった。




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