*顔にささいな傷を作ってしまったヒロインに慌てて何もできなくなってしまう新開さん


受験シーズンが近づいて教室内がピリピリしている。体育の授業はその空気もなくなるので新開は助かったという気持ちで校庭に向かっていた。
ちょうど前の授業で体育だったクラスが戻って来るところだったので、友人に手を上げて声を掛けようとした時だ。

「新開、聞いたか?」
「何だ?」
「さっきの授業で苗字が怪我したって」

新開は全身から血の気が引いていくのを感じた。そして新開に告げた本人までがつられて顔を青くした。隣を歩いていたクラスメイトの時間までも止まったように、周辺の人間が固まって動けなくなった時だった。

「おー新開」

向こうから荒北が体育着を入れたバッグ片手に近づいて来る。その間延びした声とは正反対に新開が早口で捲し立てる。

「靖友!名前が怪我したってホントか!?どこに!大丈夫か?今どこにいる!?」

飛びついてきた新開に、荒北が顔を歪めて押し返しながら説明する。

「さっきの授業テニスだったんだけど、ダブルス組んでた相手のラケットがすっぽ抜けてアイツの顔に当たりそうになったんだヨ。ギリギリ避けたけどガットの結び目に頬が掠って擦り傷ができたのォ」
「それで名前は!?」
「保健室じゃね?ンな大袈裟にならなくても平気…」
「平気なワケないだろ!?いつも顔に傷作ってる靖友とは違うんだ!」
「おい新開。動揺してるみてぇだから百歩譲るけど次言ったら殴るぞ」
「隼人は何をしているのだ?」

東堂が廊下の真ん中で喧嘩腰の2人を見つける。東堂は新開のクラスと合同体育なのでこれから校庭へ向かうところだ。新開が荒北に詰め寄っている様子を物珍し気に見ていたが、事情を聞くとフムと頷く。そして新開を引っ張って外へ進む。

「尽八!オレは保健室に…」
「うつけ者!オマエは授業に出ろ」
「大した傷じゃねェだろが」
「馬鹿者!女子の顔に傷がつくのは大したことだぞ!」
「「どっちの味方なんだよ!?」」


***


東堂に引きずられるまま出た体育授業は散々だった。名前と同じくテニスだったのだが、このラケットのどこにぶつかったのかと考えに耽り棒立ちだったため、クラスメイトに後ろから軟式ボールをぶつけられた。
授業が終わり急いで名前のところに行こうとするも、着替えの後に移動教室だった。化学の実験では薬品を間違えそうになりクラスメイトが慌てて止めに入り、次の古典の授業はもう耳に入ってこない。古典の前に名前の教室に行ったが、今度はあちらが移動教室で動いた後だった。

「おい、新開…絵具やべぇぞ」

手元を見ればすべての絵の具が混ざりあってパレットが真っ黒になっている。なぜこうもすれ違うのか。今日に限ってどちらも移動教室が多い。受験生なのだから教室で授業を受けるはずではないのか?今朝までその受験ムードに息苦しさを覚えていたにもかかわらずそんなことを考える。
さきほどの昼休みも名前を捕まえることはできなかった。
教室にもいない。食堂にもいない。クラスメイトに聞いても居場所を突き止めることはできなかった。
途中空腹に負けて売店でパンを買って食べた。
そして昼休みが終わって美術の授業でもこの有様だ。きっと次の授業も身が入らないのは同じだろう。チャイムがなり教室へ戻りながら次は開き直ってサボってしまおうかとまで考えた時、新開のクラスの入り口に名前が立っていた。
あんなに会いたかったのに目の前にすると現実なのかわからなくなる。しかしその頬に貼らせた絆創膏が目に入り、新開は慌てて駆け寄った。

「名前!怪我…!」
「隼人が心配してたって荒北に聞いたの」

名前は「まさかこの時間まで会ってないとは思わなかったって言われちゃった」と明るく笑っている。しかし頬を指でなぞる新開はこれでもかという程眉を下げて泣きそうな顔だ。

「こんな風に貼ってるけど、本当に掠り傷なんだよ?」

いざ会ってみると言葉が出ない新開に、名前が1つ1つ説明する。
血が流れたわけでもなく掠っただけだと言うこと。痕も残らないこと。明日には絆創膏も剥がすこと。
それでも新開は表情を戻さない。

「心配した…」
「うん。心配かけてごめんね」

名前は新開の手を取って微笑む。
その手の温かさに先程までの不安だった心が少しずつ溶かされてく。そしてようやく笑うことができた。

「隼人」

新開の手に自分の手を絡めながら名前か僅かに躊躇いがちに口を開く。

「レース中は勝つことが1番だし、そんなの気にしてる余裕なんてないの知ってる。無茶なお願いなのもわかってるけど……怪我、しないでね?」

見上げてくる名前の顔はどこか切ない。

(ああ…そうか)

レースで勝つことを望む一方で、激しいせめぎ合いで怪我をしないように願っていたのだろう。

「名前…」

ごめんと謝るのは何か違う気がして。
でもありがとうもしっくりこない。
言い淀む新開の心は名前には伝わったらしい。

「チームメイトが怪我をしたら心配だし、辛いの。私はマネージャーだから個人的な感情を挟むのは良くないけど…。でも隼人が怪我をしたらたぶん居ても立ってもいられないと思う」

今の新開にはその気持ちがよくわかった。だから名前の小さな手をぎゅっと握った。
それが怪我をしないと約束できない新開ができる精一杯だ。

「おい。隼人、苗字。教室の前でイチャつくな。オレのところに苦情が来たぞ」

後ろから東堂が呆れ顔で立っていた。
名前の頬の絆創膏が目に入ったのだろう。一瞬目を見開いて、そして溜息をついた。

「美人が台無しだな」
「おぉ…!東堂が褒めた」
「今のが褒め言葉に聞こえたか?頬の傷より重症だな」

そう言いながらも怪我の具合を尋ねる東堂も心配していたのかもしれない。

「名前ってすごいな」

擦り傷なんて日常茶飯事だった。それをいつも冷静に受け止めてくれていた。

「隼人にも褒められちゃった」

恥ずかしそうに微笑む名前の頬からできるだけ早く傷が消えるように祈った。




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