*借り物


パンと乾いた音が空に響く。
歓声に溢れた校庭は見慣れていたはずの風景なのに別の場所のようだ。
俊足自慢たちが地面を蹴って進んでいく。最初にテープを切った人間が片手を挙げて勝利を主張する。

「おめでと。めっちゃ速かった」
「まァこんなもんだな」

満更でもない様子で荒北が鼻の下を指でなぞった。
額には名前と同じ白いハチマキが巻かれている。

「いい走りだったな」
「福チャンもな」

名前のいる観客席にすでに戻っていた福富と荒北がハイタッチをする。荒北の2組前でやはり1位を取ったのが福富だ。
自転車部のメンバーは総じて運動神経がいい人間が多いので体育祭でも目立つ。今まさにスタートラインについている新開もそうだ。
新開が登場した瞬間の黄色い声援は耳を塞ぎたくなるほどで、女子人気の衰えを期待するのをとうに諦めた名前もげんなりしてしまう。

「新開ってガタイの割に速ェよな」
「元々の運動神経がいい上に瞬発力があるからな」
「直線なんだから鬼で走ればいいのに」

ポソッと出た呟きは、2人の耳にきっちり届いていたようで揃って名前を振り返ってきた。

「何?」
「おめェも苦労してんな」
「新開は苗字しか見ていないぞ」
「…慰めてくれてありがとね」


***


「名前、何で応援してくれなかったんだよ」

赤いハチマキの新開がわざわざ白組の応援席まで来て不満を口にする。

「私が赤組の応援してどうするの。というか見えたの?」
「見てたし、声も聞こえなかった」
「すげぇ通り越して怖えーよ」

隣で荒北がげんなりしているが同感だ。

「名前の応援があればもっと頑張れるのに」
「1位だったじゃん」
「この後騎馬戦出るから応援してくれよ」
「だから私は白組なんだってば」

詰め寄ってくる新開を腕でガードしながら荒北と福富に助けを求める。しかし荒北はこっちを見ないようにしているし、福富はいつもの顔で見守るだけだ。

「隼人!どこをほっつき歩いているかと思えばやはりここだったな!」
「尽八」
「おまえは赤組だろうが。騎馬戦に出るメンバーはもう集合しているぞ。おまえはオレを乗せる大事な騎馬だ!」

有無を言わさず東堂が新開を引っ張っていく。何か言っているが東堂は聞こえないふりをしている。
名前は山神の後ろ姿に手を合わせた。


***


『イケメン』

手にした紙に書かれた文字に名前は立ち止まる。借り物競争でありがちなお題だが自分が引くとは思っていなかった。
周囲が借り物を探して散っていく中、名前はそのまま観客席へ首を動かした。
名前が視線を向けたからだろう。新開が笑顔で手を振ってくる。
どこから借りてくるかは制約がなかったはずだと、名前は赤組の方へ走り出した。

「オレか?」
「そう。東堂、私に借りられて」

名前が赤組の前で東堂を呼ぶと、新開と東堂が顔を見合わせた。
チラリと新開がこちらを見たがあえて無視した。東堂がその様子を見て静かに腰を上げる。

「まあよかろう。『美形』とでも書いてあったのか」
「似て非なるものだってことはわかってる。でも大きな括りは一緒だしいいかなって」

名前の遠回しな言い方に、横を走っていた東堂がお題の紙を奪う。

「オレは美形を自負しているが、『イケメン』と言うなら隼人だろう」
「私もそう思う」
「オイ、なぜオレを呼んだ」
「私のプライドみたいなものかな」

苛立ちの混じった東堂を宥めながらゴールへ向かうが、2人がゴールに到着した時にはすでに1位は決まっていた。1位の走者には泉田が借りられていたようでペコリとこちらに会釈してきた。お題は『筋肉』か『睫毛』に違いない。

「隼人なら喜んでおまえを抱えて走ったぞ」
「それはそれで恥ずかしいよ」
「プライドだと言ったか。オレを巻き込んだんだ。話せ」

東堂には騎馬戦前と今とで2度助けられている。それに、話さないと開放してくれないだろう。

「隼人は借り物じゃないから」

3秒。東堂の時間が止まる。
これ以上言うつもりはない。
しかし東堂はしっかり名前の言葉の意味を理解してクツクツと笑い始めた。

「隼人!」
「東堂!言わないでっ!!」
「これが言わずにいられるか。隼人、おまえは苗字のものだそうだ!」

名前が慌てて東堂を止めようとするが時すでに遅し。赤組までの15メートル。新開はこちらに気付いているし、その間にいるほかの生徒までもが注目している。いつの間にか福富と荒北までいるのはなぜだ。

「それでは借り物にならないな」
「借り物じゃなくて自分のモンだもんなァ?」
「…オレの彼女可愛すぎだろ」




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