8話くらいの話






 冷たい。目覚めて最初に博臣が感じたのはそれだった。
 床に倒れるように転がされており、触れている肌から熱が奪われるように冷えていく。状況を把握しようと身を起こそうとし、異変に気付く。
 身体中を倦怠感が支配し、力が入らない。ならばと檻を張って状況を把握しようとするも、泥のように溶けた思考では集中が続かずパチンパチンと青白い光が宙で弾けるだけだった。
 博臣はある一室に連れてこられていた。整然としており、ベッドと小さなクローゼットがあるだけだ。生活感は皆無で、それが不気味さを漂わせている。まるで博臣を連れ込むためだけに用意されたような空間。
 シンと静まり返った室内は、遮音整備でもされているのか外部の音も入ってこない。辛うじて天窓から入る月明かりで、今が夜だとわかるだけだ。
 一体誰が何のためにこんなことをするのか。不安が博臣を支配する。
 胸騒ぎがするから気を付けろと秋人に忠告し、別れた後の記憶がない。
 恐らくそこで何者かにここへ連れ込まれたのだろうが、どれだけ思い出そうとしても綺麗に意識がシャットアウトされて終わる。
 くそ、と胸中で悪態をつきながら力の入らない腕を叱咤すると、博臣の手首に紫色の触手が絡みついた。そのまま吊り上げるように上に引かれ、膝立ち状態にされる。突然のことに驚いていると、床から無数の触手が次々に生えて蛇のように蠢き天窓から覗く月明かりを受けてテラテラと怪しく光った。
 見覚えのあるそれに、博臣は顔を強張らせる。
 三年ほど前、秋人の討伐を泉に命じられた先で襲ってきたものと同じだった。忘れもしない。これに、自分は殺されかけた。
 普段の彼であれば異能を使って簡単に抜け出しただろうが、今はそうはいかなかった。荒い息を吐き出しながら、ぐったりした様子で苦悶の表情を浮かべる。どうやら、意識を失っている間に何か盛られたらしい。
 くそ、と悪態をつくと、扉が古めかしい音を立てて控えめに開かれた。音につられて視線をやると、そこには涼しい笑顔を浮かべながらバナナオレを口につける藤真弥勒の姿があった。
優雅な足取りで博臣の前に立つと、触手たちは藤真を守るようにまとわりついた。どうやらこいつが首謀者らしいと察した博臣は小さく舌打ちをする。

「やーっとお目覚めですか。あんまり起きないから、うっかり殺しちゃったかと心配したんですよ」

 声を弾ませながら楽しそうにそう告げる藤真を鋭い眼光で睨みつける。
 何を白々しい。あの時は秋人が盾になる形で助かったが、もしあのまま貫かれたのが己なら確実に命はなかった。
 藤真は楽しそうに喉を鳴らすと、博臣に視線を合わせるように目の前に膝をつく。そして場に似合わない優しい声で博臣を呼んだ。

「大丈夫ですか? 辛そうですが」

 額から伝う脂汗を藤真の指がゆっくりと掬う。ざらついた感触に眉を寄せ、何か嫌味を言ってやろうと口を開くが出るのは吐息だけだった。
 思っていたよりも消耗が激しい。それに、なにか体の中を何かが這いまわるような妙な感覚が襲う。なにか薬を飲まされたと思ったが、もしかしたら違うのかもしれない。
 別の可能性を模索し始める博臣の顎に手をかけ、藤真は鼻先が触れるか触れないかの距離まで顔を近づけるとすうっと目を細めた。

「……似てますねぇ」

 要領を得ない呟きに博臣は困惑した。藤真はそれに気づきながらも答える代わりに青白い頬をひと撫でし、そのまま指を滑らせてマフラーを引き抜いた。
 そして、そのままネクタイとベルトを引き抜く。困惑から恐怖に変わる様子を見て、藤真は笑みを深くした。

「僕の目的、わかります?」

 質問をしておきながら、まるで返答を待つ様子もなくシャツの下へと手を滑り込ませる。消耗してろくに反抗できない博臣が僅かに身じろぐ。
 感触を確かめるように腹部に手を当てると、なにかが動いた。ハッキリと内臓で何かが動くのを感じた博臣が、恐怖で肌を粟立てる。

「思っていたより適応してますね。どうやら相性がいいようだ。君も、君のお姉さんも」
「どういう……」
「寝ている間に、君の体内に妖夢を入れました。わかるでしょ?ここにいるの」

 ここ、と言いながら腹部を押され、押し出されるように咳き込む。確かに藤真の手が当てられた部分に蠢く何かを感じているが、まさかそれが妖夢だなんて信じたくなかった。

「これはね、異界士の霊力を食べて育つんです。このまま放っておいたら、内側から肉を食い破られますね」
「……何が聞きたい」
「話が早くて助かります」

 藤真の言葉に、早々に脅迫を受けていると察したようだ。流石に馬鹿じゃない。
 しかし、ここで情報が欲しいだけと思われていることに藤真は内心落胆した。それだけならここまでしない。いや、こんな手段はとらない。もっと言えば、博臣は選ばない。
 ただ名瀬の情報が欲しいだけなら、能力が弱い美月の方が藤真にとって安全で聞きやすい相手だ。それをわざわざ博臣にした理由。
 泉と藤真の間にある確執など知らない博臣には、わかるはずがなかった。知らないのだ。藤真が泉の身体に妖夢を入れたことも、泉の代わりに査問官に据えられたことも。

「名瀬が握っている境界の彼方の情報について教えてください。そうしたら、この妖夢を取り出してあげます」

 じっとりとした手つきで撫でさする。性的な触れ方とも言える動作に博臣の身体がびくりと反応し、悔しそうに眉を寄せた。それは反応してしまったことだけではなく、相手の求める情報について少しも聞かされていないこともあってのことだった。
 境界の彼方。存在についてはそれとなく知っている。異界士ならばどこかで必ず耳にする名前だ。実態を持たない、強力な妖夢。
 しかし存在を確認されていないそれは都市伝説の域を出ない、眉唾物だと思っていた。実際信じている異界士がどれほどいるか。
 藤真の言い方では、まるで名瀬がその妖夢について確固たる情報を握っているようだった。もしそうなら、泉が独占しているということになる。まさかそんなはず、と思うが可能性を消すには十分すぎるほどに最近の泉の動向はおかしかった。
 名瀬の管轄に、名瀬にも異界士協会にも属していない人間の滞在を許している。
 古い考えに固執している頭の固い連中が上層部を占めている名瀬だ。どちらでもない、ましてや呪われた血と忌み嫌われている存在がうろつくのを黙っているなんて有り得ない。
 企んでいる。
 何かはわからないが、自分にも美月にも黙って、何かを。
 そしてそれを、あろうことか目の前の男には悟られているのだ。

「もしかして、命と引き換えに黙殺するんですか?」
「……見当違いだ。俺は、何も聞かされていない」
「おやおや。幹部ともあろうものが、まさか何も知らないなんて」

 おどけたように、わざとらしく癇に障る言い方をした後「まぁ、そうだろうと思いましたけど」と事も無げに続けた。
 そんな藤真に腹を立てるよりも、呆れの方が勝り溜息をつく。

「わざわざ名瀬と確執を作るような真似をして、どういうつもりだ」
「ただこれだけのために、こんな回りくどいことするわけないでしょう」
「は……?」
「それより妖夢。取り出してあげましょうね」

 そう言うと、藤真は肩を押して床に倒し、無遠慮にズボンに手をかける。博臣が抗議の声を上げるのも気にせず、まるでそうするのが当然かのように下着ごと下を脱がせた。
 それだけでも信じられない気持ちだというのに、博臣の足首に触手が絡みつき足を左右に広げる。藤真の眼前に晒されたことで羞恥心に煽られ、カッと頭に血が上る。

「やめろっ」
「言ったでしょう? 取り出してあげるんです」

 取り出す。その言葉の意味を咀嚼すると羞恥心から沸き上がった熱は一気に冷め、代わりに恐怖心が支配した。まさかそんなはずはないと否定したい気持ちを、今実際に自分の身に起こっている事柄が無情にも否定する。
 すっかり固まってしまった博臣を、藤真は愉快そうに笑った。あの名瀬泉の弟にしては可愛らしい反応だな、と思ったのだ。
 たとえ果敢に反抗する気があったとしても、そんな気力も体力もないだろうが。
 さて。と、藤真は手袋を外しておもむろに取り出したクリームを掬って臀部に塗り込む。ひ、と悲鳴が上がったが、聞こえないふりをしてそのまま中指をゆっくりと中へと侵入させていった。
 別に乱暴にしてもよかったのだが、先ほどの反応に気を良くした藤真が気まぐれを起こしたのだ。優しく丁寧にしてやろう。そう思った。
 中を探るように動かすと、博臣が困惑と恐怖を滲ませた瞳で睨みつけながら声を上げた。

「この、変態」
「博臣さん、そんなに怖がらないで。こっちから出すのが一番安全なんですよ」
「安全だと?」
「まさか、お腹を裂いて取り出すわけにはいきませんからね。嘔吐するのも、まぁ悪くはないでしょうけどお勧めはしません」

 まどろっこしい言い方だが、要は腹の中にいる妖夢を尻から引きずり出そうとしているのだ。
 そしてその為に、現在進行形で尻穴に指を入れていじっている、と。

「ちゃんと解さないと、切れちゃうかもしれませんよ」

 にこにこ。そんな効果音がしそうなくらい、藤真の笑みは場にそぐわず爽やかで口調は軽やかだった。
 人の好さそうな笑顔を張り付けたまま、内壁を指で撫でさする。その度にぐちゅぐちゅと音が響いて、まるで前戯を受けているような気分になった博臣は屈辱で下唇を噛み締めた。
 抵抗も反撃も出来る体力など残っていない。なにより、檻が使えない。涼しい顔を蹴り飛ばしたくても、殴ってやりたくても、触手に阻まれそれも出来ない。
そんな状態の博臣に残されたのはせいぜい悪態をつくぐらいなのだが、それも霞んだ意識では上手い言葉が思い浮かばず、せめて意識を逸らすために瞼を強く閉じた。
 くそ、早く。早く終われ。
 そう祈ることしか、もう出来なかった。
 そんな博臣の思いを知ってか知らずか、藤真がそれはそれは丁寧に指を抜き差ししている。今入っている指は三本。時折、中を確かめるように広げて覗き込むのが堪らなかった。
 悲鳴も文句も一切言わず、ぎゅう、と瞼を固く閉じて黙って耐えている博臣を、藤真はつまらなそうに見つめた。

「……痛くないです?大丈夫そうであれば、そろそろ取り出そうかと思いますが」

 ゆっくりと開かれた瞳が不安そうに揺れる。
 これから己の身に起こるだろうことから逃げたい気持ちと、既に相当消耗している現実とが博臣の判断を鈍らせた。
 答えを待たずに、藤真は片手を上げて合図を出す。と、一本の触手がゆっくりと近づいた。他の触手と違い、それは先端が割れているようだった。まるで口を開くかのように先端をパクパクとして見せる。気味が悪くて「ひ」と声を漏らす博臣の中へ無遠慮に入り、開拓していくかのように進もうとするが、何も受け容れたことなどないそこは侵入を拒んだ。
 指とは比べ物にならない質量に苦しそうな声が漏れる。あまりの圧迫感に脂汗が滲み、みるみる顔色が悪くなっていく。

「博臣さん、大丈夫ですか?」
「ぅ、ぁ……」
「……うーん、困りましたねぇ。ゆっくり慣らしましょうか」

 一旦触手を抜き、再びクリームを中に塗り込む藤真を見つめる。
 そういえば、と博臣は思った。
 塗られた部分が熱いような変な感じがする。潤滑剤か何かかと思ったそれは、もしかしたらもっと別の物かもと思った時、触手が入り口付近を浅く出入りし始めた。まるで強姦だ。
 絶望した気持ちでされるがままになっていると、不意に内壁のある部分を触手に擦られてピクンと腰が跳ねる。
 何が起きたのか理解する前に、触手が今度は狙ったようにそこを押し潰した。「あ」と甲高い声が出るのを、藤真が目を細くして見つめる。
 それから触手は何度もそこを擦り、その度に博臣は背筋から脳天に電流が走り抜けるような快感に襲われた。声が出そうになるのを下唇を噛んでなんとか耐えているが、ビクビクと内腿は震え、すっかり勃起している。
 藤真に見られているのに、なんて醜態だ。博臣は悔しくて堪らなかった。
 そんな博臣の気持ちとは裏腹に、中は最初に比べて随分柔らかくなり、触手をさらに奥へと誘った。誘われるままに、触手は奥へ奥へと進んでいく。

「アッ」

 ぎゅう、と目を瞑って耐えていると、胸に刺激を感じて思わず嬌声が上がった。何事かと開いた目が、胸に吸い付く触手を捉える。
 中に入っている触手と同じく先端が割れているそれは、ちゅうちゅうと、赤ん坊が母親の乳房に吸い付くように博臣の乳首を吸った。先端部分になぜか生えているでこぼこした突起が乳首を擦り、じわじわと快感がつのる。感じている、と博臣が自覚する頃には、首長するようにぷっくりと立ち上がってきた。

「え、なん、ぁ……っや」

 どうして、なんで、こんなことに。
 混乱している博臣をあざ笑うように、中はぎゅうぎゅうと触手を締め付ける。そのせいで知りたくもないのに形も、どこまで入ってきているのかもはっきりとわかった。
 耐えがたい屈辱だった。中に入れられた妖夢を取り出すために、得体のしれないものを身体の中へと受け容れなければならないことも。愛撫をされ、あろうことか感じてしまっていることも。

「あ、や、ふざけっ」
「もうちょっとですよ。我慢してください」
「やめ……」

 やめさせろ、と続けようとした時、今までと比べ物にならない快感が博臣を襲った。頭が真っ白になり思考が一瞬で焼き切れるような感覚。あまりのことに、喉をのけぞらせて声にならない悲鳴が上がる。はく、と口を開閉して酸素を求める姿は、打ち上げられた瀕死の魚を彷彿させた。
 藤真は、それを愉快そうに見つめる。

「あ……はぅ……」
「博臣さん。今、直腸を抜けてS状結腸を差し掛かったところです。妖夢はもう少し先の盲腸辺りにいるので、もうちょっと頑張りましょうね」

 努めて優しく発せられる言葉に、博臣は虚ろな目で「もうちょっと」と反照した。
 そもそも妖夢を入れたのは藤真だというのに、まるで真摯に助けようとしているかのような物言いである。数分前の博臣であれば「なにがもうちょっとだ」と怒ることもできただろうが、もはやそんな判断力も残っていなかった。
 そうして触手がやっと妖夢を引きずり出す頃には「名瀬家」としての貫禄は見る影を失い、虚ろな目をして先走りをだらだら垂らしている変わり果てた姿があった。
 博臣の中に入れられた妖夢は、ウツボをマハゼほどの大きさにしたものだった。藤真が入れた時は3cmもあるかどうか程度だったのだが、どうやら博臣の霊力を餌に短期間で大きくなったらしい。あと数分遅ければ、内臓が破られ死亡していただろう。
 本来なら、成長するまでに最低でも丸一日を要する。それが、たったこの数時間でこんなにも成長するなんて。
 本当に妖夢との相性がいいんだな、と藤真は顔をしかめた。
 取り出した妖夢を無感動に触手に食わせ、博臣へと向き直る。そのまま体を割り込ませると、まだなにかあるのかと言いたげな視線が藤真を捉えた。
 不審な視線を黙って受け流し、カチャカチャと自身のベルトを外し始める。

「名瀬の情報欲しさに……たったそれだけの為に、こんなまどろっこしい真似をすると思います?」

 心外だなぁ。
 一層低くなった声が博臣の耳に届く。射貫くような目の奥は、憎しみに燃えていた。
 ぴた、と先ほどまで触手が出入りしていた箇所に藤真の熱い猛った物が押し当てられ、一気に貫かれる。幸か不幸か、触手によって慣らされていたおかげですんなりと根元まで藤真のものを咥えこんだ。

「うぅあっ……! 」
「っ、すごい……すんなり入りましたよ」
「ぁえ、な、は?」
「あぁ……博臣さんの中、熱くて柔らかくて、気持ちいいですね」

 うっとりとした顔で感想を言う藤真を、まだ理解が追い付かない様子で博臣は見つめる。情報を持っていそうで且つ手を出しやすかったから自分が標的にされたと思っていたのに。藤真は否定し、心外だと言い捨てた。
 情報など初めからどうでもよかったというのなら、ならば、なぜ?
 混乱したまま貫かれた秘所を見つめる。当然こんなことになるなんて思っていなかったし、今もなぜ自分がこんな目に合っているのか理解できない。
 状況が理解できずに目を見開く博臣は、幾分か幼く見えた。ずっと大切に守られてきたのだろう。こんな目に合わせないために、名瀬の家は、泉は、細心の注意を払ってきた。名士の子供は狙われやすい。今まで無事だったのは、泉の力もあるだろうが、運も強かったのだろうと藤真は思った。
 恐怖を滲ませたその瞳に、かつて妖夢を宿すことを望んだかつての泉が重なる。やっぱり姉弟、よく似ている。藤真は嬉しそうに口の端を釣り上げた。
 博臣の膝裏を掴み、折りたたむように床に押し付ける。結合部も反り上がった自身も丸見えの体勢に、博臣は羞恥で頬を染めた。
 反応に満足した藤真は、見せつけるようにゆっくりと抜き差しを始めた。縁にカリ首を引っ掛けるようにギリギリまで抜き、前立腺部分を擦り上げるように中に差し込む。
 助けるため」という建前もなにもない、ただの強姦行為に咄嗟に抵抗しようともがくが、絡みついた触手が引きちぎる勢いでぎちぎちと手足を締め付けた。ただでさえ腹の中にいた妖夢によって疲れ果てていた今の博臣には、抵抗したくとも、もうそんな体力は残っていない。それでも、されるがままやられるのは許せなかった。

「あぁあ……う、や、抜け、よ……!」
「何言ってんですか。中はすっごい絡みついて嬉しそうなのに」

 言いながらも腰の動きは止めない。塗り込んだクリームと藤真の先走りが空気と混ざってぐちゅぐちゅと音を立て、博臣の耳を犯した。

「それに奥も……吸い付いてますよ?」

 ズン、と奥を勢いよく突かれ思わず嬌声が上がる。言いながら中を擦られると、ぞくぞくと快感が背筋をなめた。まるで己の痴態を説明してくる藤真の声にさえ興奮しているようで、そんな自分に絶望する。
 そのまま激しいストロークが始まると、意味を成さない声が断続的に喉から漏れた。藤真の言うように中が差し込まれたものに絡みつき、奥がその先端に吸い付いているのがわかるようで堪らない気持ちになる。
 振り払うように首を振ると、「可愛い」と、藤真が熱い息を吹き込むように耳元で囁いた。情欲を宿した熱い声。嫌なはずなのに、藤真の声は耳によく馴染んだ。

「はぁ、っあ、あ、や、抜っ…ぃ、ん」
「思いの外、強情ですね」
「お、前、なんか」
「仕方ないですね」

 腹に付きそうなくらい反り上がり、先走りに濡れた博臣のものを藤真の目が捉える。いくら中で快感を拾えても、初めてならそこまでだろう。痛々しいほどに膨れ上がったそれを右手で包み込み上下させる。ビクン、と、ひと際激しく博臣の腰が浮いた。
 慌てた様子で自由になった左足で藤真の顔目掛けて蹴りを入れようとするも、寸でのところで触手に阻まれる。

「おやおや、まだそんな元気があったとは」
「やめろ、離せ!お前ッぁ、なんかにっ…ふ、ぁ」
「一回出せば、そんな気も削がれるでしょう」
「あ、あっ、アァッ」

 自分のものとは思えない甲高い声が上がった瞬間、白濁が勢いよく放たれ、博臣の矯正な顔と艶やかな髪を汚した。射精後の解放感と脱力感に支配され、ぼうっと宙を見つめる。
 これが、藤真のやりたかったことなのだろうか。こんなことが、藤真の目的なのか。
 確かに屈辱を与え、絶望を植え付けるには十分すぎる手段だろう。しかし、これで何が得られるというのか。情報も、金も、力もなにも残らない。
 それでも、もう解放されるならいいかと博臣が思い始めた頃、背に両手を回され強く抱きしめられる。藤真の甘い匂いが鼻腔をつく。大人の男にしては珍しい、バナナオレの甘ったるい匂い。
 絡みついた触手が離れ、抱き起される。中には藤真のものがまだ挿入されたまま。

「やっぱりキミを選んで正解だ」



 そこからは嵐のようだった。向かい合う体勢でより深く挿入されたものが奥深くを何度も何度も突き、その度に押し流させるように喘ぎ声が喉を通った。意識は白んで、パチンと視界が弾ける。強すぎる快感が、博臣の理性を壊していく。中に熱いものが放たれる感覚の後、休む間もなく藤真は腰を動かし続けた。
 理性がどんどん壊れていくのを頭の隅で感じながら、ふと、これが藤真のやりたかったことなんだろうとやけに確信をもって博臣は思った。
 燃えるような憎悪の瞳が博臣を見つめる。目を瞑っても逃れられない。じっと、責めるようにそれは脳裏に焼き付いた。

「博臣さん、まだです。まだ足りない」

 これは償いなのだ。一体何に対する責め苦なのか検討もつかないが、もし理由を挙げるとするならば己が名瀬の人間であること。それ以上の罪はない。
 度々、名瀬に対する恨み言を耳にする機会はあった。ある程度の権力を握る者は、当然のように清廉潔白ではない。後ろ暗いことだってしている。それは、名瀬も同じだった。誰かを踏みつけにしたり、切り捨てたり、あるいは利用したり。
 藤真のことなど知らない。ついこの間知り合ったばかりの赤の他人。藤真だってそうだ。博臣のことなど、プロフィールや噂以上のことなんて知らない。
 自分だけは、と正しいと思うものを選んできたつもりだが、よく知らない相手にとって「名瀬の人間」以上の意味も価値も生まれない。自分も、姉も。
 この男にとってもまた、己の価値は名瀬の名を持つ以上のことなどないのだと悟った時、博臣の身体から力が抜けた。

「もう、ゆるして」

 ポロ、と頬に涙が伝う。名瀬博臣が陥落した瞬間だった。
 その姿に、藤真はぞくぞくした。これ以上ないくらいの快感。冷徹にして絶対の名瀬を落としたという優越感。
 全てはこの瞬間の為に仕掛けたことだ。本来なら泉をこうしてやりたかったのだが、藤真の実力では出来なかった。
名瀬泉には敵わない。そう思い込んでいる藤真に、泉を出し抜くなんて未来永劫叶わないことだ。
 だから博臣だった。名瀬泉の代替品として申し分ない存在。それを蹂躙する愉悦。
 前を擦ると、大袈裟なくらい反応した博臣が嫌々と首を振る。イきたくない、いやだ、もう許して。うわ言のように繰り返される言葉を、藤真は笑って聞き流した。
 ガクガクと揺さぶりながら激しく腰を打ち付ける。激しい抜き差しによって中に出されたままの精液が溢れて太ももを濡らした。卑猥な音と、博臣の抑えきれない嬌声とが響く。
 博臣の中で暴れる藤真のものが質量を増す。それを感じ取った博臣が激しく動揺し抵抗を始めるが、無慈悲にも藤真は逃げられないようにしっかりと身体を固定し、更に奥深くを求めるように腰を打った。

「博臣さん、出しますよ」
「あ゛ぁ、やッ!ッ止まっ、あぁアア!」

 最奥に欲望を打ち付けるように突くと、博臣は悲鳴のような声を上げて全身を震わせた。ビクビクと痙攣した体から藤真が自身を抜くと、中から白濁が溢れる。
 思ったよりも時間がかかったな、と思いながら博臣の顔を覗き込む。どうやら失神したようで、綺麗な寝顔がそこにはあった。
 ぐったりと横たわる姿に携帯を向ける。
 ぱしゃ、と機械音が響くと、藤真は満足気に笑った。