sputnik killer





 まだ肌寒さの残る中、秋人は一人帰路についていた。一度は消滅した未来が、記憶を失って戻ってきて早数週間。なるべく接触を避けつつ、思い出してはいないかを遠目に確認する日々を送っていた。
 美月はそんな秋人に何か言いたげに視線を送るが特に言葉にすることもなく、秋人もまた追求することをしなかった。
 これでいい。元どおりだ。
 異界士を辞められるならとっくに辞めていると叫んだ未来が異能を忘れて、秋人を忘れて普通に生きていく。幸せなことだ。そのはずだ。
本当にそうなのか?と沸き上がる疑問を打ち消す様に言い聞かせ、まるで八つ当たりでもするように踏み鳴らす。
 ふと、アパートの前にある公園の桜が目に留まる。未来とは、よくこの公園で話したものだ。まだ妖夢にトドメをさせなかった彼女は、部屋に妖夢がいるからという理由でお弁当を食べていた。
 懐かしさに自然と頬がほころぶ。
 そのまま思い出に浸るように視線を滑らせた時、身体中の血の気が引いた。公園の隅にうつ伏せに倒れている人影を見つけた秋人は、鞄を放って転ぶように駆け寄る。しっかりと防寒された服装に、黒い艶やかな髪をしたその人物は秋人のよく知る人物だった。

「博臣!」

慌てて抱き起こすと、冷え性のはずの身体は熱く、荒い息を繰り返している。呼びかけても答えはない。
 救急車、と思ったが、もし妖夢によるものであったら面倒なことになりそうだと思ってやめた。そのまま博臣を背負い、なんとか自宅のベッドへ寝かせる。
 流石にコートとマフラーは寝苦しかろうと脱がせ、汗を拭きながらも声を掛けるが一向に意識が戻る様子はなかった。
 顔は火照って朱を差しているのに、手足は驚くほど冷たい。どうしたらいいのかわからず、ただ恐怖が身体中を駆け巡った。
 震える手で彩華へ連絡する。今の博臣の状態を説明すると、たっぷりと沈黙を取って長いため息が聞こえた。

『……症状だけ聞くと、異能を使いすぎたか、あるいは風邪やと思うけど』

言われて、再び博臣へと視線を移す。いつも飄々として余裕たっぷりの顔が苦痛に歪んでるせいで冷静さが吹っ飛んだが、言われてみれば確かに風邪の症状に見えた。

「……すみません、取り乱しました。もう少し様子を見てみます」
『美月ちゃんにも連絡しよし。今の博臣くんは名瀬の当主なんやから』
「はい…」

電話を切ると、そのまま美月にメールを入れる。返ってきたのは、了解の意が書かれた短い文面だった。
 今の博臣は名瀬の当主。それは美月から聞いてわかっているつもりだったが、思うよりずっと重い肩書きだったのだと痛感する。
 1つしか違わないのにずっと先を歩く博臣に、秋人はいつも歯痒さを覚えていた。秋人や美月を子ども扱いして、守る対象に勝手に入れて、1人で抱え込む。そうしていつも1人で平然とこなすから、大丈夫なつもりでいたのだ。そんなわけないのに。
 夏祭りの日、未来が言っていたことを思い出す。みんな1人だと。1人だから一緒にいたいと思うのだと。
 冷たい手のひらをぎゅっと握り締める。いつも脇に差し込まれていたが、こうしてちゃんと握ったのは初めてかもしれない。

「栗山さんも、お前も、なんでそうなんだよ……」

誰かを助けようと奔走するくせに、自分は誰かに助けられようとしない。2人とも、大馬鹿野郎だと思った。
 どうしてもっと自分を大切にしてくれないんだろう。
 そう思った時、秋人は胸の奥がチクりと痛んだような気がした。





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