ティル・マクドールという英雄はシチューが大好物である。
というのも、一緒に食事をする度にシチューばかり食べているからだ。シチュー以外を食べている姿を見たことがない。
シオンは首を傾げた。あれは本当に人間なのか、と。
 ティルの家に訪ねる時も、出されるのはシチューである。一応、炭水化物としてパンもセットで食べているが、そういう事じゃない。シチューばかりではなくもっと他にもチャーハンとかオムレツとかサバの煮つけとか色々あるだろ、と思うのだ。
 本人が好きで食べているのだから、シオンにどうこう言う権利はない。だが、ここまで徹底してシチューばかり食べるティルに何か別の物を食べさせてやりたいという気持ちが湧き上がってくるのは人の性とも言えるだろう。
 そこで、シオンは唐突に言い放った。

「ティル、今日からシチュー禁止ね」

あまりにも唐突に、何の前触れもなく言われた言葉にティルはカズラ―に棍を振り落しながら短く「は?」と返すしかできなかった。
 それもそうだろう。今は戦闘中だ。シオンが武器を鍛える為の資金集めをしたい、と言うから付き合っているというのに、突然のシチュー断ちの提案である。イエス、ノーの答えなどできるわけもなかった。
シオンとしては、「そろそろお腹空いたな→何か食べるか→そういえばティルってシチューばっか食べてるな」という順路があるのだが、ティルはそんなこと知らない。

「一週間くらいでいいから。無理なら三日でもいいし」
「え、いや、なに突然」
「シチュー以外を食べるティルが見たい」

それって食事一回分じゃダメなの
という疑問が浮上したが、どうやらシオンの目的がシチュー以外を継続的に食べさせる事だというのをなんとなく察したので、その疑問は飲み込んだ。
 まぁ、別に食事なんてなんでもいいけど、と思ったティルはシオンに向き直り綺麗に笑って短く答える。

「嫌だ」




 別に、食事なんてなんでもいい。なんでもいいから毎回シチューとパンを食べていた。それだけである。特に拘りはないが、とりあえず外れがないし美味しいし食べやすいし好きだし、ということで食べ続けていただけだ。その結果、こうしてシオンに妙な探りを入れられてシチュー断ちなどと言われてしまった。
 拘りがないなら食べればいいだろう、と思うだろう。ティルも初めはそう思った。
 だが、こうも思った。シオンに言われるがまま行動するのも少し癪だと。
 シオンはむっとした顔をするだけで大人しく引き下がったが、事は昼食時に起こった。いつも通りシチューを注文しようとするティルの言葉を遮って「オムライス2つ」とのたまったのだ。

「ちょっと」
「ハイヨーのオムライス美味しいから。超絶おすすめ」

人の話を聞かない軍主である。非難の声を挙げたところで聞かないのはわかっていたティルは「はぁ」と短く溜息をついた。長いとはいえない付き合いではあるが、シオンの人となりは嫌というほどわかっている。ここで言い争ったところで疲れるだけなのは明白だ。
ぐ、と親指を立ててウィンクを決めてくるシオンに若干の苛立ちを覚えながらもティルは大人しく席についた。
 シオンはというと、少し肩透かしを食らっていた。もう少し抵抗されると思っていたのだ。あれだけ頑なにシチューを食べ続けていたくせに、こうもあっさりオムライスを食べてくれるだろうか、と首を傾げる。
 暫くして二人の前にふわふわの卵が乗ったオムライスが並べられた。
 シオンがスプーンを突き刺したタイミングで、ティルが声を掛ける。オムライスに落としていた視線を上げた時、シオンの目に入ったのは所謂「あーん」状態の景色だった。
 普段のティルなら有りえない行動に思わず固まる。スプーンに掬われたオムライスと、満面の笑みのティルとをぎこちない動きで交互に見て悟った。こいつ、怒っている、と。

「ティルさん」
「なに?食べないの?」
「いや」
「ほら、あーん」
「う………あ、あーん……」

促されるままに差し出されたそれを食べる。正直混乱しているせいでまともに味を感じない。なんとか咀嚼し飲み込むと、再び差し出され、また食べる。それをひたすら繰り返した。
 一生分の「あーん」をやられたな、と頭の隅で思いながら綺麗になったティルの皿を見つめる。結局、ティルは一口も食べなかった。

「おすすめってのはでたらめじゃねーぞ」

拗ねたようにシオンが言えば、ティルはただ困ったように笑った。
 シオンは、残った自分の分のオムライスを見つめて項垂れた。勝手に2つ頼んだのは自分なのだから、ティルを責めるのは筋違いだとわかっている。わかっているが、釈然としなかった。
 既に満腹の腹をさすった時、ふと二人に影が落ちる。

「あれ、シチューじゃないんだ? めっずらしー」

シーナだ。ティルの皿を覗き込んで物珍しそうに声を上げる。
皿に残ったケチャップの跡からオムライスを食べたことを察したようだが、それを食べたのはシオンだということまではわからない。

「シーナ、これからご飯?」
「ん、まぁ」

俺はどうしようかな、なんて腹をさすりながらぼやくシーナを見て、シオンはにやりと笑った。

「オムライスがおすすめなんだけど」
「へぇ、じゃあそれにするかな」

おすすめと言われて素直にメニューを決定するシーナに一層笑みを深くする。

「じゃあ、僕らはもうお暇するんで。シーナこれどうぞ」
「ん?」

シオンの言葉を受けて目をぱちくりさせるシーナを後目に、二人はさっさと席を立った。あとに残されたシーナは、すっかり冷めたオムライスを見つめて顔を引きつらせるのだった。