残夏の候、いかがお過ごしでしょうか


 例えば明日死んだとして。僕のことを好きな彼女は、多分とても悲しむ。自惚れではない。多分。8割くらいは確信がある。あとの2割はブラックボックス。頭の中身が聞こえたって、心の全部が見えるわけじゃあないから。
 僕はきっと、もうそんなに長くない。体の中からなにか大切なものが抜け落ちていくように、ゆっくりと老いていくように、僕の命の蝋燭は燃え尽きようとしている。四肢が、心臓が、頭が、死んでいく音がさざ波のように忍び寄ってくる。
 日々重くなる身体を、それでも引きずるように彼女の元にやってくるのは、彼女が僕を好きだからだ。誰かに、僕を愛してほしいからだ。
 狭いベッドで寄り添い合いながら、彼女の瞳を眺める。前髪を眺める。頬を眺める。唇を眺める。僕を好きだと言う、彼女の"声"をラジオみたいに聞きながら、細い手をそっと掬う。
「ねえ、僕が死んだらどうするぅ?」
 指先を撫でながら、気まぐれのように尋ねる。彼女の頭の中は、一匙の不安といっぱいの恋。僕のことが大好きなひと。なんてかわいそうでかわいいのだろう。思わず細まる瞳に、彼女が眉を寄せた。
「もう、怖いこと言わないでよ、夏目くん」
「ンフフ、ゴメンネ?」
「、ふふ」
 冗談めかして笑えば、彼女も綻ぶように微笑む。なんにも知らない顔で、唇を重ねる。
 例えば明日死ぬのだとして。それをわかっていたって、僕は彼女の手を握るし、キスをするし、抱きしめて、また明日ねと言うだろう。
 2割のブラックボックスがなくなってしまうことを願いながら。彼女の中身が僕で満たされてしまうように。さよならなんて一言も言わないで、僕は彼女をおいていくのだ。
(そしたら、)
 そうしたら、傷ついてくれるだろうか。泣いてくれるだろうか。僕のことだけを、想っていてくれるだろうか。
 そんな算段を立てながら、僕は今日も彼女の"恋"を聞いている。


 彼女のベッドで眠るとき、度々みる夢がある。小さな庭と、赤い屋根の家。明るい午後の光。彼女に似た幼い子ども。微笑む彼女。それを僕は眺めている。抱きしめれば太陽の匂いがするような、絶対に叶わない未来の光景。幸福の形。いつか、彼女も見るだろうか。一人きりのベッドで。


遠くで蝉の鳴き声が、止んだ。

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