10. PiPiPiPi...と耳障りな機械音が耳に入り、ゆっくりと世界が覚醒された。 深い眠りから覚ました原因であるCOMMを見るとそこには懐かしい名前が表示されている。 まぁ、懐かしいといってもつい最近までは彼の側に居たのだけれど。 数ヶ月の間、彼の顔を見ていないだけでこんなに懐かしい気持ちになったことに、自笑する。 そんなことを考えている間にも機械は鳴り続けるので、慌てて通信ボタンを押す。 「出るのが遅くなってしまってごめんなさい・・・カトル」 電話の主は白虎で私の側に居てくれた人。 朱雀出身の孤児だった私を引き取ってお世話してくれた人である、大切な人物であった。 本当はこうして直接連絡を取るのは控えた方が良いはずなのだ。 それでも彼が連絡してくれることに喜びを感じた。 周りに人は居ないかの確認のあと、いつも通り静かに話す彼の声に意識を集中した。 「そちらは上手くやっているか?何か・・・何か変わったことはないか」 「今の所は、ね。まぁ、そんなに上手いこと情報は手に入れることは出来ないけれど、怪しまれることなくやっているわ」 「それなら良いが。・・・この任務につく前にも我は言ったが、無理をしてその任務につく必要はない。辛かったり、無理だと感じたら帰ってこい」 小さな子供を心配する親のような発言をするカトルに頬が緩むのが分かった。 自分をこんなに心配してくるの彼ぐらいであろう。 朱雀出身の孤児ということで、いつも孤独だったが、カトルが居たからやってこれたのだ。 だから、そんな彼のためになることを少しでもしたいと思って、この朱雀にやってきたのだ。 「そんなに心配しなくても子供じゃないわ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう」 彼は溜息混じりに返事をし、念押しで何かあればすぐに戻ってこいといった。 分かった、と返事はしたがそんな簡単に白虎に帰ることは出来ないんだ、と思った。 もっともっと彼と話していたかったが、彼は准将という身で忙しいし、こちらも朱雀領内にいる間には長話をしていられない。 電話を切ろうと、別れの挨拶をしようとした時に朱雀にやって来てから感じていた妙な違和感を彼にぶつけてみようと考えた。 「ねぇ、カトル。変なことを聞いても良いかしら?私は朱雀出身なのはわかっているけれど、魔導院になんて行ったことないわよね?私がカトルに拾われた町って朱雀と白虎の境の町だったのだものね」 私には幼小期の記憶が無い。 カトルに拾われた時に、私が居た町は炎が燃え盛り荒れ果てた場所で意識を失っていたらしい。私の記憶に残っているのはとても綺麗な柄が絵がれた天井のカトルの家なのだ。 だからカトルに拾われるまでの間、私は何をしていたのか何も分からない。 カトルは一瞬答えに詰まった様子を見せた。 だけれどもすぐにいつもの冷静な調子で話をしていたので何も気にならなかった。 「我があの町で君を見つける前の生活はわからないが、魔導院に行く機会というのはあったのではないか?あとは私の家にある朱雀の資料の中には魔導院に関してのものも多くあったために、過去に魔導院に行ったことのあるような思いになるのではないかと思うが」 「そうよねー。まぁ、過去に何があったかなんて分からないわけだから気にする時間が無駄ってことね」 やっぱり何かが胸に引っかかっていたが、気にしないふりをした。 この胸の引っかかりが何か見つけると、全てが壊れてしまう気がしたから。 静かにCOMMの電源を切り、ベットから身体を起こして朱雀武官の制服に腕を通した。時計を見るといつよりも準備をするには早い時間だった。 いつもより早く執務室に行ってみるのも悪くないだろう、と考え、COMMの履歴を削除してから、執務室へと向かった。 執務室につく時間は確実に早いが、いつも自分より先に来ているクラサメよりも早く執務室に到着することがあっても良いのではないかという考えであった。 しかし執務室に行くとそこにはすでにクラサメの姿があり、いつもより早く着た♯名前♯に少し驚表情を見せた。 「いつもより早いのだな」 「今日は何故か早く目を覚ましたので、早く来てみました。クラサメ士官はいつもこんな早い時間から来ているんですか?」 「やらなければいけないことはなくならないからな」 確かに、彼の机の上を見ればたくさんの書類が重ねられていた。 昨日だって多くの書類を片付けたはずなのに一夜にしてこんなに書類が溜まってしまうなんて、彼がとても多忙だということが分かる。 それでも彼は涼しい顔でもの書類の山を片付けるし、大変そうな素振りは一切見せないので凄いと感じる。 「コーヒーでも入れますね」 私のそんな一言に丁寧にお礼を告げるクラサメ士官。 マスクのおかげであまり表情が見えないため、怖い印象を残す彼だが、言動や態度からは優しさが滲んでいる。 朱雀には冷酷な者が多いと聞いていたため、少し驚いたのが事実。 そんな時、執務室の扉が大きくノックされ返事を待たずに扉が勢い良く開かれる。 「クラサメくーーーーーん!!!!!」 現れたのは白衣姿の眼鏡をかけた男性だった。 彼はクラサメが一人で居ると思っていたようで、♯名前♯の姿を見ると目を丸くし、声を失っていた。 「あれ?お邪魔しちゃった??」 何か変な勘違いをした様子の彼にクラサメは普段の冷静沈着の態度を崩し、慌てて否定の言葉を告げる。 「カヅサ、変な想像をするな。彼女は最近私の副官に配属された♯名前♯♯名字♯士官だ」 「へー、なんだ、ついにクラサメくんにそういう女性が出来たのかと思ったんだけどね。・・・って、君どこかで会ったことあるかい?」 クラサメにも初めて会った時に言われた言葉。 私は魔導院に居た記憶はないため、他人の空になのだろうけれど、こうして何人かに勘違いされるとなんとなく胸にもやっとした気持ちが残る。 「えっと、多分初めましてです。私、朱雀出身ではありましたけど、魔導院からは遠くの街に住んでいた為、魔導院に魔法を学びにくることは出来なく、仮設学校で学んでいましたから」 「うーん。そっか、突然すまないね。僕はカヅサフタヒトといってクラサメくんの心の友と書いて心友だよ」 「気持ち悪い紹介のしかたをするな。ただの同級生だ」 「クラサメくんったら恥ずかしがっちゃって〜」 彼らのやりとりは息がぴったりで、とても仲が良いのが伝わった。 くすりと小さく笑うとクラサメが怪訝な顔でこちらを見る。そんな表情も珍しく、さらに笑いが込み上げる。 「クラサメ士官とカヅサさんはとっても仲良しなんですね」 そんな私の一言にカヅサは喜び、大きく頷くと「君は理解があるね」と手を握りしめ、クラサメは大きな溜息を吐いた。 普段見ることの出来ないクラサメの姿を目の当たりにした。 それはまた優しい一面であり、また一つ彼に興味を持った瞬間であった。 そして引っかかったことがあった。 それはクラサメさんにも言われたのだが、会ったことがあるのかという言葉。 二人目ともなると不思議な気持ちにもなったが、考えてもしょうがない。もしかすると彼らが任務で着た街に私が住んでいたのかもしれない、そう心に言い聞かせて考えないようにしていた。 |