02.



 



「隣、座っても良いか」




静かな声音が耳に響き、声が聞こえた方を向くとそこには先日の2組の彼が本を片手に立っていた。




「ここで良ければ、どうぞ」



そっと読んでいた本を閉じ、隣の席の椅子を彼のために引く。



「すまない、ありがとう」

「いいえ」



そんな短い言葉を交わし、椅子に座ると彼は何も言わずに本を読み始めた。
彼の横顔をチラチラと見ては、綺麗だな、なんて考えていた。


彼の名前はクラサメ・スサヤ。
所属は2組。

私たち9組に所属している者とは正反対と言っても過言ではないだろう。


彼のことは知っていた。
知っていたと言っても、氷剣の死神"といった通り名だけ。
あと、候補生の女子に人気が高いということ。

そんな彼とこんな私が接点を持つなんて驚きであった。



落ちこぼれの9組"と呼ばれている私たちは、あの日のように他の候補生からいちゃもんをつけられるのは慣れっこになっていた。




「(まさか、この彼に助けられるなんてね)」



いつの間にか本を読むことなんて忘れて彼の横顔を見ることに集中していた。





「そんなに俺の顔が気になるのか?」



目は本に向けたまま、そう声をかけられてしまった。




「えぇ、女性のように綺麗な横顔だと思ってね」


「そういうことは口にするものなのか?」

「貴方が自分で気になるのか、と聞いたのでしょう」



見つめあった私たちは、何故だか面白くなり笑った。





「君は、変わっているな」


「あら、9組の者に関わるなんて貴方こそ変わっているわよ?」

「俺は変わってない。9組だとかは関係ないだろう。同じ候補生じゃないか」


「……え?」





9組だから、と差別されることはあっても同等に見られることなんてなかった。

諜報部として働いている9組。
その事実は候補生の間ではほとんど知られてはおらず、9組は不真面目で不気味と言われていた。


だから、同等に見てくれていたことが嬉しかった。





「……やっぱり貴方は変わっているわよ」


「俺が変わっているのだとしたら、君もな」




再び本に視線を戻した彼。

誰かと関わることは好きではなかったのだが、彼との関わりは不快ではないと感じたのだった。
























――――――――――――




諜報部としての任務がない時はなるべくクリスタリウムに行くようにした。

彼との時間は不快ではなかったから。
なぜだか会いたいとすら感じたから。


彼は彼で朱雀四天王と呼ばれていたため忙しく、なかなか会うことが出来なかった。


しかし彼もクリスタリウムに来れた時には必ず私の隣に座った。
私の隣の席が彼の定位置になった。






「名前、」


「え?」

「君は俺の名前を知っているだろう?」

「えぇ、知っているわ。貴方、氷剣の死神って有名だもの。クラサメくんでしょ?」


「……別に有名ではない」



眉に皺を寄せた彼の表情を見て、有名と言われること、氷剣の死神という通り名が嫌なのだと感じた。




「いいじゃない。氷剣の死神ってかっこいいわ。貴方の実力が認められてそう呼ばれているのでしょう。貴方の頑張りが認められているということじゃない」


「周りは肩書きしか見てはいないさ」

「そうね」

「………………」


「でも、本当の貴方を見てくれている人もいるはずよ?別にいいじゃない、肩書きしか見てないような人は上手く利用してしまえば。そして本当の貴方を理解してくれる人を大切にすれば」


「!……君は凄い人だな」

「何言っているのよ、私なんて何処にでもいるような人間だわ」


「ありがとう」

「何もしていないわ」




再び本に視線を戻そうとすれば、彼が再び声をかける。




「話がそれてしまったが、俺は君の名前を知らないのだが」


「私の名前?」

「あぁ、教えて欲しい」

「断るわ」



即答する私に再び眉をひそめる彼。




「何故だ?」


「だって死んだらクリスタルの恩恵で全てを忘れてしまうのよ?だったら名前なんて知る意味がないじゃない。誰とも関わりを持つ気はないの」

「死ぬとは限らない」

「9組に居る限り、死は隣合わせなの」




これは私の自論だった。

死んで忘れられるのなら、最初から誰の記憶にも残らなくて良い。
9組の生徒は生徒同士の関わりも少ない。
だから私は誰とも関わる気がなかったのだった。





「死ぬことばかり考えるな。こうして今は生きているだろう?」


「でも明日死ぬかもしれないわ」

「死んだとしても強い記憶があれば忘れないかもしれない」

「そんなの幻想ね」


「それに、もうこうして俺と関わりを持っているだろう?」

「それは……」


「まぁ、良い。なら、名前を教えても良いという気持ちになるように俺が君を変える。今後無理に聞くことはしない」





昼休みが終わるベルが鳴る。

彼はそっと微笑んで言った。




「またな」


「……えぇ、また」






自然とまた、と言ってしまった。
人と関わりを持ちたくないなんて言っておいて矛盾しているとは自分でも理解している。


きっと私は、誰かに忘れ去られてしまうことがただ怖いだけなのだろう。

でも素直に恐怖だと認めることは出来なくて、言い訳ばかり探してしまう。









「やっぱりクラサメくんは変わってるよ」








そう小さく呟いた声は誰にも届くわけはなく、静かにクリスタリウムに響いたのであった。




















.....to be continued