呪術廻戦 | ナノ

悲劇のヒロインの成り損ない




ここ数ヶ月は呪霊が活発で、昨日のご飯も思い出せないくらい目まぐるしく働いていて、すごく忙しかった。

だから自分の身体のことなんて全く気にしてなくて、ふと考えてみると女性なら毎月やってくるアレが来ていないことに気が付いた。
いつも規則正しくやってくるアレはかれこれいつから来ていないのか思い出せないほどに遅れていて、そんなことは今までなかった。

心当たりならある。
忙しくなる前に我が家に突然やってきた、高専時代の先輩である五条悟と所謂、そういうことをしている。
これが彼氏ならば問題はないのだろうけれど、私と彼は恋人同士ではない。高専を卒業してから、なんとなくずるずると続いている所謂、そういうフレンドだ。


とりあえず確証が欲しく、薬局に行き簡易的な妊娠検査薬を買い、試してみればくっきり一本線が現れる。
箱の裏を見てみれば妊娠してれば線が出ると書かれている。うんうん、くっきり出てる。

それでもネットで調べてみれば、こういった妊娠検査薬は間違いであることも多いとみて、明日病院に行ってみることにした。






「おめでとうございます」


まだ出来たばかりで小さいですけど、ちゃんとここに赤ちゃん居ますよ、と言われ、エコー写真を渡されれば、そこには小さい命がはっきりとあって、頭が真っ白になる。
どうやって病院から出てきて、家に帰ってきたか覚えていない。

いまが何時かもわからず、携帯で時間を確認してみようとすれば着信音3件、五条悟の文字。
メールも入っていて、今から行くから、とのこと。

え、今は会いたくないと思っているうちに玄関から家の鍵が開く音が聞こえる。
彼にせがまれて合鍵を渡してしまったことは失敗だった。


「わっ!暗っ!こんな暗い中で地べたに座ってなにしてんの?」


いつも通り変わらない彼は慣れた手つきで部屋の明かりをつけ、暖房をつけ、ソファに腰掛けた。まるで自分の家かのごとく。


「ここ最近忙しかったよね〜、今日は名前も非番って聞いて電話したのに出ないから来てみたけど、なんかあった?」


ええ、ありましたとも。絶対に言えませんが。

黙っていると、彼はソファから立ち上がり目の前に腰掛け、私のおでこに手を当てた。


「熱は無さそう」


おでこに当てた手はそのまま頬をなぞり、彼の綺麗な顔がゆっくり近づいてきて、優しくキスをする。
最初は軽いものだったが、そのうち深いキスになり出し、これはそういうことへ繋がるやつだと分かり彼の身体を強く押した。


「あれ?今日はその気にならない?」

「…ごめんなさいっ」

「やっぱ体調でも悪い?横になっておいで、今日のところは帰るから」



そう言って彼は部屋をあとにした。
そういうことが出来なければ、やはり自分になんか用はないのだ。少しか優しくしてもらえるかな、なんて期待した自分が馬鹿だったのだ。

やはり言えるはずがない。
彼は五条家の跡取りで、ちゃんとした家柄。恋人でもない女に子供が出来れば迷惑だとでしかないだろう。
堕ろせと言われるに違いない。
この子は一人で育てていこうと決心をし、彼からはもう離れることを決意した。


決意してからの私は早かった。
まずは彼に会わなくて済むように立て続けに任務を入れた。ただし、あまり身体に負担がかからないものにしてもらった。
そして日本を離れられるよう海外支部への異動を希望し、彼を着信拒否にした。

それまでの間、何度か電話がかかってきていたが、忙しいふりをして出なかった。
今忙しくてごめんね、とだけメールをしておいた。勘の良い彼に色々バレれば大変だから。
けれど、そのメールを送ったあとは了解、の二文字だけだった。
やはりそんなものなのだ、私達の関係は。


着信拒否をし、彼が持っている合鍵のお家は彼が来ても困るし、彼との思い出が詰まりすぎて辛かったので解約をし、ホテル住まいをしていた。
明日から海外支部へ異動という日にあまり鳴らない私の携帯がなった。画面を見れば彼と同期だった、先輩の硝子さんだった。
硝子さんは高専時代、数少ない女仲間としてすごく良くしてくれていて、たまに会ったりもしていた。ここ最近は忙しく会えていなかったが。


「名前?!あんた今なにしてるの?海外支部に行くって本当??」


電話を取れば、久しぶりの挨拶もなく少し慌てた様子の硝子さんの声が電話から聞こえる。
海外支部に行く話はほんと、と答えれば硝子さんは大きな溜息を吐いて、少し呆れたように言った。


「五条の奴と何かあったのか?」


その言葉はドンピシャすぎて、何も言えなかった。
けれど、彼と何かあったというよりも私たちの関係性は何もないのだ。私が勝手に彼を好きで、勝手に身篭ってしまっただけ。


「何でここで五条さんの名前が出てくるんですか」

「五条が名前と連絡が取れないって煩いから私から連絡したんだよ。何かあいつに嫌な事でもされたんなら、私からキツく言っておくつもりだが」


五条さんが硝子さんに連絡取れないことを相談してくれた?
彼のことが好きな私の心はそんな言葉です胸がきゅんとしてしまって、我ながら簡単だなぁと嘲笑う。


「そもそも五条さんとはお付き合いしているわけでもなかったし、ちょっと色々関係をリセットしたくて…」


そういえば硝子さんは色々悟ったのか、電話口で少し唸っていた。
高専時代から私と五条さんは仲が良く、そんな関係は噂されていた。まぁ、本当に関係を持ったのは高専を卒業してからだがり。さすがの硝子さんには五条さんとそういう関係になってしまったことは話せていなかったが、勘の良い彼女は薄々わかってしまったのだろう。


「…まさか、あの馬鹿は君に付き合おうだとかそういう類の言葉を言ったことはないのか?」



そう聞いた硝子さんの声は少し怒気が含まれており、私が悪いことをしたわけではないが、怒られているような気持ちになった。
唯一の女後輩が同期とそういう関係になっていたから怒っているのだろうか。


「…っ、ないです。付き合ってませんから、私たち」



そういえば、硝子さんはそうか、とだけ呟いて、明日は何時に飛行機に乗るのかと聞かれたので、お昼の便にはと伝えて、電話を切った。
付き合ってもいないのに彼の子供ができたなんて、硝子さんにも言えなかった。きっと言えば馬鹿な女だと呆れられてしまうだろうから。


目を閉じればすぐに彼の感触を思い出してしまえる自分に呆れる。
優しく私の名前を呼ぶ声も、私に触れる手も、熱っぽい彼の声も全て愛おしい。

でもそんな彼に冷たい表情で堕ろせと言われたら、きっと私は壊れてしまう。
だから何も知られる前に変えなければならない。

ぐるぐると色々なことを考えていれば、いつの間にか朝を迎えていて、一睡も出来ていなかった。
早めに空港に向かおうと、スーツケース片手にいつもは高めのヒールばかり履いていたがぺたんこの靴を履いて、お腹を撫でた。

私にはこの子がいる。強くならなくては。


タクシーに乗って、これまでのことを思い出したりしてたら涙で頬を濡らしていて、タクシーの運転手さんに心配されたりした。
泣くのは今日で最後にしよう、彼のことを考えるのも、思い出すのもこれで最後、とタクシーから降りた瞬間、私の名前を呼ぶ聞き慣れた愛しい声が響いた。

ついに幻聴まで聞こえたかと、自分に呆れながら空港に入ったところで腕を強く引かれ、バランスを崩しそうになった。
掴まれた腕は取れてしまうのではないかというほど、強く握りしめられており、その手の温もりは私が一番知ったものだった。



「……五条、さん」



そこには普段からは想像出来ないほどに汗をかいて、いつもつけてる目隠しもサングラスもつけていない、苦しみに顔を歪めた彼だった。



「…なんで、ここに?」

「硝子から、聞いた…っ。なんではこっちの台詞だよ」



肩で息をしている姿など、今まで一度も見たことがなかったので、珍しいものを最後に見れたなぁと冷静に考えられている自分がいた。

ひとまず空港の入り口で男女が道を塞いでいるのは迷惑なので、空港の中に入り、近場のベンチに腰掛けた。彼は私の掴んだ腕は離さず、息を整えていた。



「五条さん、お見送りならいらないです。もう時間なんで、行きます」


そう言っても彼は腕を離す気はないようで、さらに力を強めるだけだった。



「どうして?僕のこと嫌いになった?」

「は?嫌いもなにも…っ!」


あまりにも悲しそうな表情で聞いてくるものだから、意味がわからなく、カッとなって全て言ってしまいそうになったのを飲み込む。


「嫌いじゃないならどうして、僕の前から消えようとするの?」


これ以上、私の気持ちを揺さぶらないで欲しい。
まるで長年付き合った恋人に振られている瞬間からみたいな声で、瞳で見つめないでほしい。
きっと子供が出来たなんて言ったら、私が捨てられて惨めになるだけ。
でも、どうせ目の前から消えようとしているのだ。彼に何を言われても、一人で産んで生きて行く覚悟はある。



「…できたの」

「は?」



ほら、やっぱり冷たい反応でしょ?
喜んでもらえるなんてはなから思っていない。

もう話すのもやめようと思い、腰掛けいたベンチから立ち上がろうとすれば、すかさず腕を引かれ身体はベンチに戻る。


「ちょっと待って、ちゃんと分かるように説明して」

「だから…っ、五条さんとの子供が出来ちゃったの。でも私はただのセフレなんだから、そんなこと五条さんに伝えても迷惑だと思って、堕ろせって言われるのも嫌で目の前から消えようとしてたの!」

「……まじ?」


彼はの手からは力が抜け、私の掴まれていた腕は開放されると強く掴まれていたのか、血液が巡っていくのがわかる。
彼は無反応で、それ以降なにも言わなくて、時が止まっているようだったが、急にはっとした表情をしながら私の身体を優しく労るように、それでいて強く抱きしめた。


「ちょっと待って、ほんと色々ごめん。色々説明させて欲しいんだけど、待って、その前に名前との子供を堕ろせなんか言うわけないし、なんなら今、すげー嬉しい」



肩越しに聴こえる声は本当に嬉しそうな声で、こっちの方こそわけがわからない。
恋人じゃない女が妊娠して嬉しい?どういうことだかさっぱり分からなくて、頭がついてきていないところで、抱きしめられた身体は両肩を持たれて離され、そのまま見つめ合う形になる。


「うん、これは本当に全面的にちゃんと言葉にしてなかった僕が悪いと思うんだけど、僕は名前のこと彼女だと思ってたし、心から愛してるから名前との子供とか願ったり叶ったりというかね?」

「は?え?待って、どういうこと、彼女?ん?」

「そうだよね、思えばちゃんと好きです、付き合ってくださいなんて言ってなかったよね。でも僕は名前に一緒側に居ろよって言ったことあるよ?」

「いや、そんなの、分からないし」

「うん、それは硝子にこっ酷く怒られた、ごめんなさい」


情報量が多すぎて頭がついていかない。
要するに、勝手に付き合ってないと思っていて、勝手に子供出来たこと悩んで、勝手に目の前から消えようとしていただけということだ。

たしかに私も五条さんに好きだとか愛の言葉を言ったことはない。自分も悪い。
今回の件以前に彼とはちゃんと気持ちを伝えあっておくべきだったのだ。


「…とりあえず私はこの子を五条さんの側で産んでも良いってこと、だよね?」

「当たり前でしょ!てか、むしろ僕の側でじゃなきゃ駄目だし、ずっと側に居てもらうつもりだし」



けろりとした五条さんは、私の手を握り立ち上がらせ、反対の手でスーツケースを押しながら、結婚式は早めにやったほうがいいよね〜、ハネムーンにこのまま行っちゃう?とか言っている。


「あ!」

「なになに?!」

「明日から海外支部で働くことになってたのはどうしたら…」

「そんなの僕に任せておけばどうにでもなると思わない?」


そういうと立ち止まり、スーツケースから手を離すとポケットから携帯を取り出し、どこかに電話をしていた。ほんとほんの数分後、電話を切った五条さんは高めのテンションで、また手を繋ぎながら歩みを進めはじめて、もう大丈夫になったよーと言っている。何を言ったんだろう。きっと聞かない方が良い。


「あ!」


今度は五条さんがそう言って立ち止まる。


「僕は名前のことが昔から好きだよ、だからお腹の子供も僕が一生守っていくし、二人とも幸せにするので、僕と結婚してください」

「…っ、はいっ」



そう返事をすれば嬉しそうに微笑む彼は少し子供みたいだった。
プロポーズはちゃんと指輪を買ってやり直すから待っててね、なんて言ってたけどこれで十分だ。

今度は私が彼に気持ちを伝えないと、と思い彼の肩をぐいっと下に押し、めいいっぱい背伸びをして彼の耳元で、こう言った。



「私も悟さんのこと大好きなので、よろしくお願いします」

「それ、、反則。わぁー、今すぐ抱きたい」

「子供が居るので当分は無理です」

「できるようになったら覚えててね」


周りにはたくさんの人がいるのに、彼は一切気にすることなく、私の唇を奪っていった。





ああ、私はただのーーーー








ーーーー悲劇のヒロインの成り損ない

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