呪術廻戦 | ナノ

星が綺麗ですね






「五条せんぱーいっ、ひまっ」

「はいはい、僕は忙しいから暇なら掃除でもしといて」

「えっ、五条先輩のお家の掃除して良いんですかっ?!ついに私、五条先輩のお家にお誘い受けちゃいました?!」



普段は任務ばかりでなかなか机に向かっているところを見ることができない、目の前の特級呪術師である五条悟が珍しく高専の机に向かって書類整理をしているところを目撃したので、彼のもとへ駆け寄り、そう声をかければ最初こそは反応してくれたが、呆れ顔で「ばーか」と言われ、小さく笑われ、無視をされる。

彼は高専時代の先輩で、昔から彼にこうやって無駄絡みをするのが日課で、昔からこうやってあしらわれる。

五条先輩と同期の硝子先輩になんかは、よく飽きないな、と言われるが、飽きる飽きないの問題ではない。
私は昔からこの目の前の男、五条悟に想いを寄せているのだ。

けれど、その想いを伝えたことはない。伝える気もない。
何故なら断られることが目に見えているから。
彼には学生時代からいつも入れ替わり立ち替わり彼女がいた。
あまり長続きをしているところは見たことがないが、いつも彼女と呼ばれていたひとたちは私とは比べ物にならないくらいに綺麗で、か弱そうな女のひとばかりだった。

呪霊と戦える私はか弱いとはほど遠く、彼女たちに勝てるわけがなかった。
だから彼への想いは封印した。
後輩としてでもそばに居れるだけ十分なのだ。


そんなことを考えながら彼をぼーっと見つめていれば、その視線に気が付いた彼がこちらを向き、アイマスク越しに目が合った気がした。



「てか、お前はもう仕事ないんでしょ?なら早く帰った方が良いよ。もう22時になるんだから、女の子が一人で外歩く時間じゃないでしょ」



彼から出てきた言葉は予想外にも私を心配するような言葉で、胸が途端に熱くなるが、呪霊を倒すような女が夜道を歩くことを心配するわけはないので、ただここに居られるのが邪魔なだけかもしれないが。



「じゃぁ、おじゃま虫は帰りまーす。五条先輩もお仕事ほどほどに!休める時は休んだ方が良いですよ!」


心配というよりも、邪魔だから帰って欲しいと言われたと解釈し、そう言って、自分の荷物に手をかけ帰ろうとすれば、五条先輩にその手を強くて握られ、驚きの眼差しで彼を見つめれば、彼は書類に目を落としたまま「やっぱ、もうすぐ終わるからそこで待ってて。一緒に帰ろう」と言われ、あまりの急展開に頭が追いつかないまま隣の席にすとんと座った。

五条先輩のペンを走らせる音と時計のお宅だけが部屋に響き、私の心臓のバクバクきた音が彼に聞こえないだろうかと心配になる。

鎮まれ、心臓!と念じていれば、その間に五条先輩はあっという間に仕事を終わらせたようで、「さ、帰ろっか」の一言で私も慌てて立ち上がる。


外に出れば肌寒くて、吐いた息が少し白い。

斜め前を歩く五条先輩の後ろをついて歩けば、「横、歩かないの?」と聞かれて、隣を歩いて良いものかと少し迷ったが、歩幅を早めて隣に並べば、くすりと笑われた。


「お前なら迷わず隣、歩くと思ってたよ」

「こ、光栄だし、ご褒美のようなものですけど!五条先輩の彼女さんとかに見られたら困るかな、と思いまして」


素直にそう答えれば大爆笑をする五条先輩。
私は大真面目に言っているのだ。


「いや、人の部屋の掃除しようとするわりにそんなとこ気にするんだ?と思ってね」

「あ、あれはいつもの冗談じゃないですか!」

「へー、冗談なんだ。僕としては本気でも良いけどねー。って、危ない」


本気でも良い、とはどういうことだろうか。
部屋に上がって良いということ?
掃除をして欲しいということ?

そんなことを考えて歩いていれば、段差に気付かず躓きバランスを崩してしまう。
だが、自分でバランスを立て直す前に五条先輩の見た目は細い癖に逞しい腕が私の身体を軽々と支え、何事もなかったかのようにまた歩き出す。

五条先輩が触れた部分が熱い。
そして鼻腔に残る五条先輩の香りが、まるでお酒を飲んで酔っ払ったかのように頭がくらくらする。


身体を支えてもらったことに対してお礼を告げれば、何事もなかったかのように「うん」とだけ言われた。
彼の横顔はいつも通りで、触れられたことに動揺しているのは私だけなのだ。

そんな横顔を見つめながら、バランスを崩す前に五条先輩に言われたことを頭に思い浮かべる。

私が部屋の掃除をすることが本気でも良いということ。
前者ならば少し期待しても良いかもしれないが、後者ならば後輩にただ掃除を手伝って欲しいだけなのかもしれない。

昔から彼の意図は分からない。

高専時代に一度だけ勇気を出して「もし私が五条先輩に付き合って欲しいって言ったらどうします?」と聞いたことがあった。
その時の彼の答えは「んー、まぁ、付き合っても良いよ」なんて笑っていたが、その一月後に彼女が出来たと風の噂で聞いた。

だから、彼の言葉に淡い期待をしてはいけないのだ。




「掃除は彼女さんにしてもらってください」

「んー、僕いま彼女居ないから名前がやってくれても問題ないけど?」

「ただの後輩に頼む事じゃありません」



ただの後輩、自分の言葉でそう告げた途端、胸がきゅんと締め付けられるように苦しくて、少し泣きそうになる。

涙が溢れ落ちないよう、そっと上を向けばそこには満点の星空が広がっており、自分の存在がちっぽけに見える。


星が綺麗。
あぁ、今の私の想いと同じだ。

昔小説で読んだことのあるセリフが頭によぎり、私はその言葉をそっと口にする。




「五条先輩、星が綺麗ですね」

「んーー、そう?星はさ、届かないから綺麗なんじゃない?」




同じく空を見上げた彼は、ふーっと白い息を一つ吐いて、いつも通りの声色でそう告げた。



五条先輩、その言葉の意味を知っていますか?


彼は知ってか知らずか、その言葉を呟いた。
それはどっちだって良い。

結局、私の想いは彼に届く事はないのだから。























ーーーー星が綺麗ですね
(あなたはこの想いを知らないでしょうね)

星は届かないから綺麗ですよーーーー
(星と同じように、あなたの想いは私に届かないんですよ)



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