君に夢中になるまであと少し
真っ暗な部屋、目の前にあるのはこの部屋のサイズには似合わないほど大きいテレビ。
画面からはおどろおどろしい音と、時折、飛び出てくる真っ白い着物を着た髪の長い女性。見るからに人を怖がらせるために作られた、所謂、ホラー映画を同期4人で肩を並べて見ている。
横に座る悟、その横に座る傑や硝子を横目で見てみれば、目を輝かして楽しそうに見ている。まぁ、傑に関しては無反応に近いが。
胸を張って言うことではないが、私は大のホラー映画嫌いだ。血が吹き出るようなスプラッターものは大丈夫なのだが、ホラー映画が大の苦手なのだ。正直いうと、ホラー映画が嫌いというより幽霊が苦手なのだ。
呪術師をやってるくせに何を言っているんだ、と思われるかもしれないが、呪霊と幽霊は全くの別物だ。
画面に幽霊役が出る度に、びくつきそうになる身体を抑え、目を細めてなるべく映像が観えないようにする。観てるふりだ。だが、隣に座っているこの男にそれがバレれば、一生このネタで弄られると思えば、それはそれでホラー映画よりもホラーなので、なんとかやり過ごさなければならない。
何故、こうなった?
話は数時間前に遡る。
硝子と自室にある小さなテレビで最近話題になっている恋愛物の映画を観ていたところ、画面が小さくて目が疲れてきたところで、そういえば悟の部屋に馬鹿でかいテレビあったよね、と硝子が言い出した。
あいつの部屋で観ようよ、なんて急に言い出して、悟に電話をかけてみれば、ちょうど傑も部屋に遊びにきたところで面白い人気映画を見る予定だからお前たちも来い、と言われたので、陳腐な恋愛物にそこまでの興味を持たなかった私たちは悟の言う面白い人気映画に期待を膨らませ、悟の部屋に向かった。
部屋に入れば、遮光カーテンが閉められており、電気が消されており、部屋はテレビの灯りで仄かに照らされている状態だった。
本格的じゃーん、と硝子が言いながら、二人で部屋に入っていけば、硝子は傑の横に腰掛けたので、その横に座ろうとしたところで、お前はこっち、と悟が自分の横を手で叩いていたので、大人しくそちら側に座る。
目の前のテーブルを見れば、お菓子や飲み物が人数分用意されており、用意周到で流石、呪術師最強の男は違うな、と思った。しかも私の好きなお菓子ばかりで、テンションが上がる。だが、テンションが上がったのはここまでだった。
目の前に広がるお菓子を食べていれば、テレビからは映画が始まったようで、映像に目をやれば明らかに仄暗い映像で、人が死んだところから始まる。そして流れる不穏な音楽。
悟の手元にある映画のパッケージを見てみれば、そこにはタイトルから怖いのが分かる、ホラー映画の題名が見えた。
今からどうにかこの部屋から出て行く術を考えてみたが、思いつかない。
幽霊が苦手だなんて恥ずかしくてバレたくない。
早く終われ、と心に念じながら、覚悟を決めて映画を身進めていけば、どんどん幽霊は勢いを増し、序盤よりも現れ方がホラーになっている。
まだ終わらないのか、と思っていれば、突然暗がりの部屋で電子音が響く。
予想しないタイミングで、現実世界で鳴る音につい声にならない声を出して驚けば、硝子の携帯が鳴ったようで、ごめんごめん、彼氏から電話だからあとは3人で続けてて、と部屋から出て行ってしまった。
一人人数の減った部屋は怖さを増し、自分の背後に何か居そうで怖いので、ベッドに背中をくっつけて背後を守る。気休めだが、背後ががら空きより安心だ。
そんな私を悟は見ていたようで、にやりと笑いながら耳元で、そんなに怖いなら手でも繋いでやろうか?と聞いてきた。
にやり顔が腹立つので、うるさい、と強がってみたものの、凄く怖い。
映画もまだ終わる気配がない。
確実に今日は眠れないだろう。
それよりも、自室に戻れば一人だ。そんなの怖くて耐えられない。
この映画を見終わった後は、なんとか3人で朝までゲームでもする方向に持っていかねばならない、なんて考えていれば、傑が、私も急用が出来たから部屋に戻るよ、と言って、映画が終わるのを待たずに部屋から出て行ってしまった。万事休す。
「名前は最後まで観ていくだろ?」
そんな悟の問いに、最後までは観たくないが、今この映画を観るのを辞めたところで部屋に戻れば一人になってしまうということを考え、観る、と答えて映画視聴は続行となった。
後半からは怒涛の展開だった。
パワーアップしていく幽霊。恐怖を煽る映像。
最後まで観たことを死ぬ程後悔しているうちに、映画は終わり、画面からはエンドロールが流れる。
映画は終わったが、私自身も終わった。
怖すぎて動けない。
目を瞑れば、先程の恐怖映像が鮮明に頭に浮かぶ。どこか他の場所を見るのも何か居たらどうしようと考えてしまって怖い。
エンドロールが流れる中、硬直していれば、それに気が付いた悟はすこし笑いながら、そんなに怖かった?なんて聞いてくる。
怖くない、そう答えようとした瞬間、エンドロールが終わったところで画面いっぱいに先程の幽霊役の顔がドアップで写る。
あまりに突然のことで、気を抜いていたため、目の前の悟の腕を掴んで、自分でもこんな女の子らしい悲鳴が出るんだと思うほどの女の子らしい悲鳴を上げる。
「…む、りっ」
もう強がってなんていられなかった。
怖さが限界を突破した。
目からはぽろぽろと涙が溢れてきて、自分でも止められなかった。
そんな私を見た悟はへらへらと笑っていたのをやめ、目を見開いてこちらを見ていた。
驚かせて申し訳なかったが、こんなホラー映画を観せてきたのは悟なのだ。責任を取って欲しい。
「まじ、そんな怖かった?怖いなら早く言えよ」
そう言いながら悟は私が掴んでない方の腕で、私の背中を撫でてくれた。
その撫で方が優しくて、溢れ出てくる涙はゆっくりと止まり、感情が落ち着いていくのがわかった。
「…っ、ごめん、映画ごときで泣いて」
「ん、大丈夫。…つーか、役得だし」
「え?」
後半何を言っているか聞き取れず、聞き返してみたが、なんでもない、と言われてしまった。
涙も落ち着いてきたところで、映画も終わってしまったのだから部屋に戻らなければいけないのだが、一人になりたくないため動けない。
どうしたものかと考えていたら、そういえば先程から掴んだいた悟の腕を離していないことに気が付き、顔に一気に熱が集まり、手を離そうとすれば反対側の手でその手を掴まれ、手を繋がれる。
「良いじゃん、ここに居れば。一人で部屋戻ったら怖いだろ?俺が責任取って一緒に居てやるよ。呪術界最強の俺なら幽霊くらい簡単に祓ってやるよ。安心だろ?」
普段は聞けないような優しい声色で、そう言うから、先程まで怖くてざわついていた心が少しずつ落ち着いていくのがわかった。
それでもこのベッドが一つしかない部屋で男女が一夜を共にするのはどうなのかと、冷静に考え、もう大丈夫、と言えば、からかうようにではなく、優しく笑いながらこう言われた。
「これ、一人になったら寝れないだろ、お前」
正解すぎてぐうの音も出なかった。
お前に何かするわけないだろ、とベッドに寝かされ、目を閉じればまた幽霊の映像を思い出して目を開けば、悟の手が優しく私の目を閉じさせ、そのまま手をあてたまま横に悟も寝転がったようで、気配を感じた。
隣に居るから、安心して寝ろ、と言われれば悟の気配と体温に安心した私はすんなりと眠りに落ちた。
自分でも驚くほどにすんなりと熟睡していた私は、カーテンの隙間から覗く眩しい日差しで目を覚ませば、身体が思うように動かないことに気が付き、腕を上げようとすると、筋肉質な細くて白い腕が自分の身体に回っており、横を見れば綺麗な顔で眠る悟の顔が間近すぎて驚愕する。声を出して驚かなかったことを褒めて欲しい。
そういえば昨日はホラー映画を見て、怖くてそのまま悟の部屋で寝てしまったんだ、ということを思い出したが、現状、悟に抱き締めながら寝ていることに頭が追いつかない。
普段は見ることない寝顔を間近で見て、心臓が破裂しそうな程、激しく動く。
抱き締められている腕を外そうともがいてみれば、外れるどころが強く抱きしめられ、悟の胸に頭があたる。
顔を上げようとしても、彼の力が強すぎてびくとも出来ない。
「ちょ、っと、悟、起きてるでしょ」
そう投げかけてみれば、バレた?と、軽い調子の声が降ってくる。
どういうつもり、と言いながら、胸板を押して目を合わせてみれば、青空のように透き通る瞳と目が合い、こう言われた。
「どういうつもりも何も、こういうつもり。俺的には好きな女と一夜過ごして手を出さなかっただけ褒めて欲しいところなんだけどね」
まぁ、怖がってる女をどうこうする趣味はないから、素直に一緒に居てあげたかっただけだけどね。昨日はホラー映画で頭ん中いっぱいだっただろーけど、これで頭ん中、俺のことでいっぱいになった?なんて言われれば、昨日の怖かった映画なんて一ミリも思い出せなくて、見事に頭の中は五条悟でいっぱいになっていた。
「じゃぁ、返事は早めによろしくね」
ーーーー君に夢中になるまであと少し
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