呪術廻戦 | ナノ

声を聞きたい深夜2時




今日は散々だった。

天気予報は晴れだったのに、突然の雨に降られ下着までも濡れるほどびしょびしょになったことから不幸は始まった。


仕事では自分でも信じられないレベルのミスをし、上司に長々と怒られ、反省文紛いのものを書かされ、それによって今日の仕事が終わらず残業。

私の座るデスクの上だけ明かりがついており、あたりは真っ暗の誰も居ないオフィスで、一人こつこつ仕事を片付けていくが一向に終わる気配がない。
まぁ、もちろんミスをしてしまった自分が悪いのだが、あんなにねちねちと説教されなくても良かったと思う。時間の無駄だった。


正直、この仕事は自分に向いているのか分からない。
昔は自分のことを容量は良い方、なんて思っていたが、社会人になってからもっと出来る人はたくさんいて、自分なんか対して出来ない。ミスだってしてしまう。

静かなオフィスの中、自分の叩くパソコンのキーボードの音だけが虚しく響き、キーボードを叩くたびに心にも雨が降るようだった。


それでもこの目の前の仕事を終わらせなければ帰れない訳で、鼻がつんとしたが、気付かないふりをして仕事をやり続け、今日やらなければいけないところまで終わった頃には時計は12の数字の目前だった。

会社から駅まで少し遠い。
終電の時間まだあと15分程。

慌てて、荷物をまとめ、駅まで走れば、買ったばかりのパンプスのヒールが折れて、おもいっきり膝から転んだ。

本当に今日は厄日だ。
何も良い事がない。


それでも終電に乗らなければ家には帰れないので、痛む足を引きずりながらも駅まで走れば、ホームに着くと同時に終電がホームに入ってきて、滑り込むように電車に乗り込む。

電車の中では、楽しそうに会話をするカップルや楽しく飲んできたような酔っ払いが目につき、こんな時間まで仕事をして、怪我までした自分が惨めに見えて、涙が溢れてきた。


こんな時、恋人に寄り添って欲しい。
そう思い、携帯を開いてみれば、恋人である五条悟からは『今日の任務は遅くなりそうで、何時に終わるかもわからないから先に寝てて』と、メールが届いていた。


彼の仕事については正直あまり詳しくはない。
呪霊とやらを祓うお仕事で、彼は凄く強いらしい。実際、たしかに強かった。

そう、私は昔から少し霊感があり、幽霊なんかも視えることがあった。そんな中、私が呪霊に襲われた時に彼が助けてくれたのが、私たちの出会いだ。
そこからなんだかんだ色々あり、付き合うことになったのだが、住む世界の違う私たちはすれ違ってばかりで、なかなか会えないし、連絡も取れない。

普通の恋人同士なら、こんな辛い日には電話でもして、会ったりして、慰めてもらえたりするのかな。
私たちは普通の恋人同士ではないのでそんなこと考えるのも時間の無駄だ。

今日は彼からのメールになんて返事をして良いか分からなくて、『いつも遅くまでお疲れ様です。任務、無事終わる事を祈ってます』とだけ送った。
今日はちょっとしんどくて、辛い、なんて思ってても彼には送れなかった。

メール送信完了の文字と同時に、私の降りる駅名がアナウンスされ、電車を降りた。
改札を抜け、持っていた絆創膏で折れたヒールを留め、なんとかゆっくりなら歩ける程度に補強し、家の中で途中にあるコンビニで適当にご飯を買って、家に着いた頃には1時を過ぎていた。

疲れていてもお腹は減るもので、お風呂にも入らなくてはいけなくて、コンビニで買ったご飯を味わうこともせずにかけこむように食べ、お風呂に入り、疲れ果ててベッドに入った頃には時計は2時をまわっており、あと4時間程しか眠れないことに溜息を吐く。

アラームをかけるために携帯を開けば、彼からはまだメールが返ってきていなくて、今日に限って時間のかかる任務なんだな、と思った。まぁ、いつも任務が終わった後の彼に連絡をするなんてことないのだけれど。
だって、普通の仕事じゃない命のやり取りを仕事にしている彼に、仕事終わりに連絡するなんてこと出来ないから。

それでも今日は彼の声がどうしても聞きたかった。
慰めてくれなくても良い、ただ名前を呼んでもらえるだけで良い。
今日の私はそれだけ心が弱っていた。


まだ任務中だったらどうしよう、ともちろん頭を過ったが、任務中なら電話も鳴らないようにしてるいるだろうし、電話に出なければ間違えてかけてしまったとメールを入れておけば良いや、と思い、彼の電話番号に通話ボタンを押してみれば、電話口からは呼び出しの機械音が数回響き、出る気配がなかったので電話を切ろうとしたところで呼び出しの機械音がふと切れた。



「…ごめん、出るの遅くて、まだ切れてない?もしもし?」


今日は報告書に時間がかかってて、まだ終わってなくて連絡出来てなかったんだけど、ごめんね、なんて言われたら間違ったタイミングに電話をかけてしまったと思い、慌てて電話を切ろうとすれば、何かあった?なんて、優しい声で聞いてくれるから、涙腺が決壊した。
それでも仕事中の彼に迷惑をかけたくなくて、泣いているのがバレないように、精一杯明るい声を作って、ただ声が聴きたくてかけてしまいました、と言えば、ほんのちょっと寝ないで待ってて、と言われ電話を切られた。

やっぱり今のタイミングでの電話は迷惑だったかな、と反省したが、一度壊れた涙腺の決壊はなかなか直らず、涙はどんどん溢れるばかりだった。
このままでは明日、目が腫れて大変なことになってしまうと思い、なんとか涙を止めようと格闘していれば家のインターホンが鳴り響いた。

こんな時間に宅配便はくるわけがなく、恐る恐るドアの覗き穴を見れば、そこには五条悟の姿があった。


え、いまさっきまで仕事してたって言っていたはずなのに、どうしてここに?と、頭の理解が追いつかずにいたが、こんな時間にずっと外に居させるわけにもいかないので、扉を開ければ、着ちゃった、と軽く笑う彼が家に入ってきた。


「はい、どーぞ、いらっしゃい」


家に招いたのは私なので、いらっしゃいは私の台詞なのだが、それを言ったのは目の前の彼で、手を大きく広げていた。

どうして良いのかわからず、涙でぐしゃぐしゃな顔もあまり見られたくないので、下を向いて立ち止まっていれば、手を引かれ、あっという間に彼の腕の中に収まった。


「偉い、偉い。名前は頑張ってるよ。だからこれ以上、頑張らなきゃいけないなんて思う必要ないし、無理する必要もないよ」


それでも、名前は真面目だから自分は駄目だからこれからも頑張らなきゃ、とか思うんだろうけど。なんて言いながら、優しく頭を撫でられればまた涙は滝のように止めどなく溢れてきて、彼の服を濡らしてしまう、と思い離れようとすればがっしり身体を抱き止められてびくともしなかった。

泣いている間はずっと優しく頭を撫で、時には背中をさすり、まるで子供をあやすかのように甘やかされ、私が一番欲しい言葉をくれれば、いつの間にか涙も出切ったのか落ち着くことが出来た。
涙が落ち着けば、仕事途中の彼がここにいることを思い出し、仕事中にごめんなさい、と謝れば、名前より大切な事なんてないよ、とさらりと言われ、顔が熱くなる。


「でも、まだ仕事中だったんでしょ?それなのにここに来て良かったの?というか、着くの早かったけど、どうやってきたの?」

「仕事なんて適当に投げてきて問題ないし、名前の声が元気なくて泣いてそうだったからすぐに来なきゃって呪術使ってきた、内緒ね」


やっぱり彼は普通ではない。
でも普通ではないからこそ、こうしてすぐに飛んできてくれたんだ。



「ごめんなさい、迷惑かけて」

「迷惑なんて思ってないよ、むしろ名前はもう少し甘えてくれても良いくらい。悟、今すぐ会いに来て!とか言ってくれても僕は嬉しいくらいだけど」



名前はとっても気が遣える子だから、僕にまで気を遣ってしまうんだと思うけど、僕は恋人なんだから我儘言ってくれるくらいが嬉しいんだよ。と、言いながら両手で頬を挟まれ、変な顔にされた。

その両手は外気に晒されていたのか少し冷たかったが、私にはすごく温かかった。



「悟さん、ありがとう。本当は今日、とってもしんどくて、悟さんの声が聴きたくてしょうがなくて、会いたかった。だから、会いに来てくれてありがとう」

「彼氏なんだからあたりまえ」


ほら、明日も仕事早いんでしょ?起きるまで一緒に居るから、ちゃんとゆっくり寝て良いよ。と、言いながら軽々とお姫様抱っこで私の身体を抱えると、ベッドまで運び、私の横に彼も横になる。

彼の腕の中が凄く温かくて、彼の香りに包まれたことで癒され、急に瞼が重くなってくれば、彼の手が私の目を優しく覆い、おでこにキスをされれば、ゆらゆらとしていた意識は一気に夢中へ落ちていった。



「おやすみ、名前。良い夢を…」









ーーーー声を聞きたい深夜2時

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