呪術廻戦 | ナノ

君の笑顔に恋する××秒前




近頃、なにやら俺の周りが騒がしい。


4月から学年が上がり、下には後輩たちが入ってきた。七海、灰原の男二人と騒がしい元凶の名字という女が一人。
この名字は黙っていれば可愛いこともない。
だが、何かあるごとに俺たちの教室に来てはどんなに冷たくあしらっても、負けじと俺に話しかけてくる。

今もそう。
お昼ご飯を一緒に食べましょう、とかなんだとか、まるで語尾に音符でもついているようなテンションで俺たちの教室に入ってきて、ご飯を広げている。
俺が無視してても負けないのは硝子がやっと出来た女の子の後輩だから、と甘やかすから調子に乗っている。

どうしてこんな冷たくしている俺に懐いているかというと…



「ーーーいっ!五条先輩っ!聞いてます??」


視界いっぱいに広がる名字の顔。

ちけーよ、と言っておでこを少し強めに弾くと、嬉しそうに額を抑えて、ご褒美をありがとうござます!とか訳の分からないことを言っている。失敗した。


「で、私のささやかなお願い聞いてました?」

「聞いてないし、聞きたくないから話さなくていい」


きっとこいつが頼むことなんてろくでもないことに違いないので、飯を食うことに集中しようと視線を下げれば硝子がなんでこんな冷たい男がいいの?なんて聞いている。やめろ、また長いあの話が始まるから話をしてふるな。


「えっとですね〜、あれは去年のはなしです!私や何人かの非呪術師の人たちが呪霊に襲われて怪我をした時に颯爽と現れた、あれはまるで王子様!な、五条先輩が助けてくれたんです!そこから私はこの学校に入学して、五条先輩と再会したのです!!」

「…ちっ、なげーし、うるせーし、覚えてねーし」

「五条先輩が覚えてなくても良いんです!あれは私だけのフォーリンラブな素敵な思い出なんです」


盛大な溜息を一つ吐けば、隣で傑が声を出さずに肩を震わす。笑ってんじゃねーよ、とひと睨みすれば、素敵な後輩が入ってきてくれて嬉しいものだね、と抜かしやがった。
案の定、名字は調子に乗ったのか満面の笑みで俺の名前を呼んでいる。反応したら負けだと思い、無視を決め込んでいたが、箸を持つ手を揺さぶられなんだよ、と返事をしてしまう。


「で、私のささやかなお願いなんですが、私も硝子さんみたいに五条先輩に下の名前で呼んでほしいなぁ〜と思いまして!ほら簡単!!」

「願い事する立場が簡単とか言ってんじゃねーよ。つーか、お前の下の名前なんて知らないし、知りたくもない。お前なんてガキんちょって呼べば十分」


ええええ!っと大きな声を出して、見るからに落胆している名字。
硝子がなにやら励ましてるけど、こいつのこれはただ大袈裟なだけだ。なぜならこのやり取りはもう数え切れないほどやっている。そして数秒後には違う何かを頼んでくる。



「じゃぁ、そのサングラスを取って素敵なご尊顔をお見せください!!」



ほら、な。いつも通り。
絶対取らねー、見せてやんねーと舌を出せば、いつもからもっとしつこくお願いしてくるのに見るからに落ち込んでる。ちょっと冷たくしすぎたか?と思い、顔を覗き込むと視界が急に明るくなり、目の前にはキラキラした満面の笑みを浮かべ、右手に俺のサングラスを掲げる名字。


「五条先輩、隙ありです!きゃーーー、かっこいい。素敵。イケメン!死にそうです、いや死んでもいい」

「今すぐに死ね」

「いやん、ドM心をくすぐる台詞までありがとうござます、ご褒美です!!」


すぐにサングラスを取り返してみれば、一瞬でも素顔を見れたことに満足しているのかすぐに返してきた。
硝子も傑も笑ってやがる。
もう来んな、と怒ってやろうかと思っていれば、昼休み終了のチャイムが響き、じゃぁ、また明日!幸せをありがとうございました〜!と、教室を出て行っていた。
教室の中はまるで嵐が過ぎ去ったかのように静かになった。



「可愛い後輩にモテて良いわね」

「まじでうるさいだけ」



来る日も来る日も飽きずに名字は俺に会いに来る。どんなに忙しくても、お顔だけ見れれば私頑張れるんで!とか言って、数秒だけでも会いに来る。



『五条せーんぱいっ!今日も大好きです、任務気をつけて行ってきてくださいね!』

『いつも元気に生きてくださってありがとうござます!五条先輩は私の生きる糧です!!』

『今日も五条先輩に会えたから一日頑張れます!』

『あぁ、五条先輩尊い!好きです〜!』


だとか、毎日よく飽きないなというほどアピールが凄い。最初は煩わしいだけだったが、俺も根負けしてきたのか、だんだん犬にでも懐かれた気分になってきていた。
たまに会話に反応してやれば、目をきらっきらに輝かせて微笑んできて、憎めない。自分でも少し絆されてるとは思う。


そんなある日、今日は朝から一度も会いに来ず、夕方を迎えている。
そんな日は今まで一度も無かった。
煩いとは思っていたが、いつも来るものが来ないのはなんだか落ち着かないものだ。

名字の同期である七海に聞いてみれば、今日は急用があると授業を休んで外出してると言う。
そんな珍しいこともあるのか、と考えていれば、なんであいつのことを考えなきゃいけないんだと腹が立ってきたところで、気分転換に傑を誘って駅前まで買い物に行くことにした。

駅前に着くと、高専の付近とは打って変わって多くの人が歩いており、通常の学校も下校時間なのか同じくらいの年齢の人間が楽しそうに行き交っていた。
そんな人混みの中、ふと名字に似た女が歩いていたように思って、振り返ってみればそこには紛れもなく名字が明らかに年上の男と歩いていた。

その男の隣を歩く名字はいつもみたいな明るい笑顔でその男に微笑み、頭を撫でられては嬉しそうにしていた。

いつも俺に好きだとか、なんだとかうるさかったがただの年上好きで、他にそういう男が居るのかよ、と思えば滅茶苦茶に腹が立った。


「悟?どうした?」


傑のそんな声で我を取り戻し、我ここにあらずな返事をしてみれば傑も俺が見ていた方向を見て、自分が思ってる以上の酷い顔をしているよ、と苦笑いされる。

自分でも自覚はある、むしゃくしゃしている。
今まで経験したことのない感情に襲われ、近くにあったゴミ箱を蹴ってみれば傑に物に当たるのは良くない、と怒られた。


結局むしゃくしゃしすぎて何も買わずに傑を置いて、高専に戻ってみれば、ちょうど名字も帰ってきたところのようで、はっとした表情でいつもと変わらないテンションで話しかけてきた。
もちろん今は少しも反応してやりたくない気分なので、そこに居ないかのように無視してみれば、名字は俺の腕を引き、足を止めさせた。


「五条先輩?どうしたんですか?」


いつものヘラヘラした笑みは消えていて、真剣な顔で聞いてくる。お前が何したか一番わかってるだろ、それよりもそんな真面目な顔も出来るんだな、とか考えてる自分に引く。


「私、何か嫌なことでもしちゃいました?何かあるんだったら言ってください!私、馬鹿なんで察するとか出来ないです。それに…っ、五条先輩にこんな風に無視されるのは正直、辛いです」


顔を見てみれば今にも泣き出しそうな表情をして、俺の腕を掴んでいる手は微かに震えている。

よく考えてみれば別にこいつが何か悪いことをしたわけではない。
たしかにいつも煩いが、今となってはそれは嫌ではないし、ただこいつが、そうただこいつが俺以外の男に頭撫でられて嬉しそうに笑ってたことに腹を立てているだけ。

なんだよそれ、俺がただのガキんちょじゃん。


「…別に。いいのかよ、年上の彼氏が居るのに俺の腕こんな風に掴んでて」

「……へ…っ?」


随分と間抜けな顔をして、こちらを見ている。
こいつ馬鹿かよ。


「さっき、傑と駅前に出掛けてたら、お前が男と歩いて頭から撫でられて喜んでる姿見た」

「え、…あぁ!五条先輩見てたんですか?!」


するとくすくすと笑い出し、肩を震わせている。
やべー、腹立ってきたからこの腕でも振り解くか、と思っていると衝撃的なことを言われた。



「あれ、兄です。ずっと海外にいて、こっちに出張で帰ってきてて今日だけ会えるって言うから事情を説明して授業をお休みさせてもらってたんです」


もしかして五条先輩、嫉妬ですか〜??なんて、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくるから気まずい。
そうだ、ただ嫉妬してただけだから。
照れ隠しにデコピンをお見舞いすれば、全く効いていないようで、満面の笑みでこちらを見つめ、私は五条先輩一筋なんで、はやく私に惚れてください、なんて抜かしてる。


「そうだよな、お前に彼氏なんか出来るわけなかったわ」

「ええええ!そんなことないですよ!これでも中学時代はモテたんですから!」


名字の後ろから置いて帰ってきた傑の姿も見えるし、これ以上話していたら調子が狂うので、相変わらず煩い女を置いて寮の中に入ろうとして振り返ると相変わらずニコニコしている名字。


「俺を落とせるくらいの女になってみろよ、名前」


照れ隠しに舌を出して、すぐに寮に入る。

名前を呼んだ時のあいつの顔は今までに見たことないくらいキラキラした笑顔で、悔しいけど胸が熱くなった。
明日から覚えてろよ。









ーーーー君の笑顔に恋する××秒前



「あ!傑先輩おかえりなさい!」
「ただいま、悟はもう寮かい?」
「はい、今入って行きました」
「その顔は上手くいったようだね」
「はいっ!五条先輩に名前で呼んでもらえたんです。危うく喧嘩になりそうでしたけど」
「そのようだね、まぁ、うまく行ったなら良かったじゃないか。では私も寮に戻るよ、また明日」
「はい!また明日!」


「(…って、傑先輩って私の兄の写真見せたことあったよね?忘れちゃったのかな?まぁ、、いいか!)」



※傑さんは覚えていました。名前と悟が上手くきっかけになればと思い、知らないふりをしてましたとさ!


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