十万回目の奇跡
きっと、私はこの廻り巡る世界で何度でも貴方に恋するのだろう。
螺旋の内、それは十万回目の奇跡。
私は貴方に出会って恋をした。
私は、空白の者。
何度死んで、この世界に戻って来て、またどのように死んだのかはたくさんの数を繰り返しすぎてもう覚えてはいない。
私と同じくこの螺旋の内の世界で転生を繰り返す兄妹たちは、私とは違い、転生されればその前の記憶を忘れてしまう。
死ぬ前の世界を覚えているのは私一人だけ。
またどうせこの世界は終焉を告げる。
アギトなんて居ない。
どうせ皆死んでしまうのだ。
だから、私は誰かと深い関係になることを拒んだ。
親しくした者が死ぬのを見るのは一度で良い。
記憶から消えて、自分が死ぬ時に全てを思い出す、あの瞬間が嫌だ。
だから何回目かの世界で私は人と接することを拒んだ。
そんな中、彼に出会ったのは十万回目の世界だった。
正確に言うと、これまでの転生の世界の中で彼の存在は知ってはいた。
が、一度も話したことも関わったこともなかった。
「…名前は?」
「…?!名前、名前・名字よ」
「そうか。俺はクラサメ・スサヤだ」
差し伸べられた手に躊躇った。
彼はこれまでの世界の中で、何度も死んでいたはずだ。
私は関係を築くことが怖かったのだ。
そんな私と彼の候補生時代。
彼は人を避けて過ごす私に何かと近付いて来た。
どうして?そう思いながらも彼を軽くあしらっていた。
そんなある日、私は潜入任務で失敗をする。
絶対絶命の状況。
あぁ、今回は短かったな、と薄笑いをする。
どうせこの世界は螺旋の内。
銃口をこちらに向ける敵をまっすぐに見つめ、目を瞑る。
やって来る暗闇の世界を待った。
しかしやって来たのは暗闇の世界ではなく、一瞬の冷たさに温かなぬくもりだった。
「大丈夫、か?」
「貴方は…クラサメ、くん?」
「無事で本当に良かった」
ギュッと抱き締められたあの感触は初めての感触で、忘れたくないと思うような感触だった。
私の胸もギュッと締め付けられた気がした。
……そして一抹の不安。
彼は、死ぬのだ。
ほら、だってこの世界は神に弄ばれている螺旋の世界だから。
それでも私は、彼に恋をした。
「この作戦で秘匿大軍神の召喚が行われる」
クラサメに恋をして、それから数年が経った。
お互い歳を重ね、気がつけば20歳を越えており、武官になった。
恋人、という関係になったわけではない。
なぜなら、人と関係を築くのが怖いという想いは消えなかったから。
「……秘匿、大軍神?」
「あぁ、そうだ。私はその秘匿大軍神の支援を命じられている」
「支援…って、それは!」
「そう言うことだ。だから0組のことは名前に任せる。古くからの友人としての…、いや、君を好意に想っている者としての最期の願いだ」
そう告げ、背中をこちらに向け歩き出すクラサメの背中。
「私、クラサメに好き、って伝えてないよ…」
その呟きは作戦開始を告げる汽笛の音に掻き消されていた。
作戦終了。
秘匿大軍神のおかげでなんとか勝利を得た朱雀。
だが、犠牲も大きかった。
ポッカリと穴が空いた心。
「私…、大切なことを何か忘れてる」
何を忘れたのかはわからない。
ただ漠然と胸が痛い。心が痛い。
その理由はわからない。
私は0組の指揮隊長となった。
なんでも以前、指揮隊長をしていたクラサメという士官の生前の希望によると聞いた。
クラサメ、という名前を聞いた瞬間、私の瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。
自室に帰り、なんとなく普段は開けない机の引き出しを開ければ、そこにはエメラルドグリーンの瞳が綺麗な男子候補生に肩を抱かれ頬を赤く染める自分の候補生時代の姿。
「………クラサメ…っ」
彼がクラサメなのかはわからない。
しかし私は無意識に写真に写る彼をクラサメと呼んでいた。
…そうか、私は彼が好きだったのか。
皇国首都攻略。
私は0組を引率し、皇国首都内で剣を抜いていた。
「名前、危ないっ!」
そんな0組の誰かの声が耳に響けば、頭に強い衝撃。暗転。
――――ほら、ちゃんと君のことを思い出したよ、クラサメ。
十万一回目の世界では、彼に出会ったが、彼は同じ四天王の裏切りによって死亡する。
十万二回目も、十万三回目も、十万四回目も………。
もう何回彼を死なせてしまったのだろうか。
人と関係を持つことを恐れていたはずの私は、いつの間にか彼を救いたい一心に変わっていた。
彼を死なせてしまえば、すぐに私も死んだ。
早く新しい世界に転生するために。
ある日そんな私を見ていたマザーは真っ暗な世界で私にこう言った。
「貴女は空白の者よ、貴女が願えば彼の命を救えるかもしれないわ。貴女は彼を救うためなら螺旋の世界の輪から外れてもかまわないのかしら?」
「……構わない。彼を助けられるなら」
「わかったわ。なら、協力してあげる。その代わり、貴女には螺旋の世界から外れてもらうわ」
螺旋の世界から外れるのは構わない。
だって、私はまだたった一度も彼に想いを告げることが出来ていないのだから。
候補生になった私は、クラサメに出会った。
そして二人、武官になった。
運命の刻はどんどんと近付いてきていた。
「秘匿大軍神の支援、するんでしょ…?」
私がそう小さな声で告げれば、クラサメは目を見開いていた。
「なぜ、それを……?」
「マザーから聞いたの」
それは半分嘘。
私はもう何度も貴方がこの運命を辿るところを見ているから。
「死ぬの?クラサメは…」
「どうなるのだろう、な」
「本当はわかってるくせに」
「…それなのにわざわざ訊ねる名前は狡いな」
「私はクラサメをもう死なせないよ」
クラサメは優しく微笑みながら私の頭を撫でた。
頭を撫でるのは何かを誤魔化したい時の彼の変わらない癖。
作戦当日、私はマザーの力を借りて秘匿大軍神召喚の場所、メロエの丘に来ていた。
召喚のため、ファントマを捧げ始めるクラサメと候補生たち。
そこに私は姿を現した。
「……名前…っ?!」
私の姿を横目で確認したクラサメは目を見開き、なぜここに居る、と彼にはとても珍しく怒声をあげた。
「言ったでしょう、私はもうクラサメを死なせないよって」
セツナ卿に魔力を捧げる彼の手に自分の手を重ねる。
その瞬間、自分の身体からクラサメの身体へ魔力が吸いとられていくような感覚に陥る。
「手を、離すんだ…っ!そんなことをしては名前も…!」
力なく手を離そうと試みるクラサメだが、私は何も言わずに力強く彼の大きな手を握り締める。
次々に後ろに居る候補生たちが力尽きていくのがわかる。
残るは私とクラサメだけ。
朦朧としていく意識。
身体もふわふわと浮遊感を感じる。
「名前…っ!もう私から手を、離せ…っ」
「嫌よ…っ、ん」
「名前!」
力なく怒鳴るクラサメの声が耳に響く。
クラサメの顔を見上げれば、そこには大好きなエメラルドグリーンの瞳で私を見つめていた。
その瞳は切なげに揺れていた。
「私、クラサメのことが好き。ずっとずっと…昔から…っ、」
「!」
「だからね、嫌…なのっ、クラサメが死んじゃうのは嫌…っ!」
「……名前…」
もう彼も私も限界が近いのだろう。
だんだん彼の顔が歪んで見てえきた。
「クラサメ…っ!クラサメの顔が、見えないよ…」
泣きそうになりながらそう告げれば繋がれていた手を強く引っ張られ、クラサメの胸板に頭がぶつかれば、優しく抱き締められる。
あぁ、この優しい感触は確か十万回目の初めて彼に出逢った時の感触だ。
「名前、私も君のことが昔から…好きだ。……愛している…っ」
いつの間に彼はマスクを外したのだろうか、耳にクラサメの唇が触れる。
「一緒に逝こう…っ、としか言えない私を許して欲しい…、いや、君だけでも生きて欲しい、けどな」
「ううん、一緒に逝こう…っ」
――――暗転。
重たい瞼を開けば、神々しいほどの眩しい光に目が眩む。
身体の節々に強烈な痛みを感じる………痛みを感じる?
死後の世界で痛みを感じたことはない。だから疑問が浮かんだ。
「……生きて…る」
そう呟けば意識がはっきりと覚醒する。
「クラサメ…っ!」
意識が覚醒すれば、クラサメの安否が不安になる。
節々が痛む身体を持ち上げれば、私の身体にはクラサメの腕が巻き付いていた。
そこには青白い顔をしたクラサメが横たわっていた。
私は恐る恐る、クラサメの身体を揺さぶる。
何度揺さぶっても冷たい身体をしたクラサメは目を覚まさない。
私は、また彼を死なせてしまったのか…。
手が震え、涙が溢れる。
「……ん…、勝手に、私を殺すな…っ」
そんな弱々しいクラサメの声が聞こえ、慌てて彼の顔を見れば、そこには目を細め微笑むクラサメの姿。
「クラサメ…!良かった…っ、良かったよ」
さらに大粒の涙を流せば、彼はグローブを外した手で頬を濡らす涙を拭う。
そして優しく身体を抱き締められる。
「クラサメ、もう、絶対に私から離れないで…!絶対に」
「あぁ、共に生きていこう…」
「本当に本当に、愛してる」
「……私もだ」
何万回も巡る世界で何万回も君に出逢って恋をした。
これから先の未来はわからない。
けど、貴方と一緒ならどんな未来でも幸せになれる気がする。
――十万回目の奇跡
(これからも続く君との恋物語)
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Leichter Zucker10万打記念に管理人の咲夜サクヤさまに捧げさせていただきます。
10万打おめでとうございます!
フライングですが無理矢理押し付けます!←
どんな設定でも良いということで、10万打を意識して小説を書いていったら壮大なスケールになってしまって。
詰め込みな内容になってしまってごめんね、サクヤちゃん!
サクヤちゃんのクラサメさんは色気たっぷりで大好きです!
実は憧れのサイトさまで、サクヤちゃんからリンクの話をしてもらった時は嬉しかったのです!
だからこれからも仲良くしてね!
白昼夢*ゆら
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