傑が離反した、と報告があった日、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔で帰って来た。
正直なところ、彼女がここに帰って来たこと自体が驚きだった。
彼女と傑はいつも二人で楽しそうに話していて、傑も何かと彼女を気にかけおり、いつ恋人同士になったという報告を受けるか気が気ではなかった。
だから、傑が離反したと聞いた時、彼女は傑について行ってしまうのではないかと不安でいっぱいだった。
もしそうなった時、自分は彼女を呪詛師として祓える自信もなかった。
何故なら彼女を一人の女性として愛してしまっていたから。
彼女はふらふらと頭を上げれば、虚な目でこちらを見つめ、俺の存在に気がつくと、その瞳が大きく揺れた。
「さと、る…っ」
今にも消えてしまいそうな程にか細い声で、自分を呼ぶ彼女が愛おしくて、このままにしておけば彼女までも目の前から消えてしまいそうで、気が付けば考えるよりも早く身体が動いて、彼女の冷え切った身体を強く抱き締めた。
「もう、何も言わなくていいから」
そう告げれば彼女は肩を震わせ、堰を切ったように泣き出した。それはまるで壊れた蛇口みたいに、彼女は涙を流し続けた。
そんな彼女の背中を泣いた子供をあやすかのように優しくさすり続けるしか出来なかった。
しばらくそうしていると、彼女はゆっくりと顔を上げ、見つめ合うような形になると、涙の名残で火照った瞼が少し痛々しかったので、その瞼にそっと唇を落とす。
例え、彼女が傑を好きでも良いのだ。
それでもこうしてこちらに居ることを決め、こうして腕の中に戻って来てくれたのならそれで良い。
これからは自分が彼女を支えて、傑の側に行きたいなんて思わせなければ良い。
優しい親友には性格の良さは敵わないが、彼女を想う気持ちは負けない。
少しずつ自分を好きになってもらえれば良いのだ。
「俺が傑の代わりになるから、俺の側から離れないで欲しい」
そう告げれば、彼女は瞬きすら忘れ、驚きを隠せない程、目を見開き、その目からはまた大粒の涙が溢れた。
そんなに自分の好意が嫌だったか、と尋ねてみれば、彼女は頭を小刻みに横に振った。
「わたし、悟が好き。だから、傑について来ないかって誘われたけど、行けなかった。あんなに傑の側にいて、あんなにお世話になったのに、頷いてあげることが出来なかった…っ」
彼女は確かに傑に懐いていた。
側から見ても恋人同士に見えるほど仲が良かったし、信頼し合っているのが目に見えた。
そんな彼女がどんな想いで傑の誘いを断って、自分を選んでくれたかを考えると愛おしさが胸を突き刺した。
「傑には悪りぃけど、俺はお前が断ってくれて、ここに戻って来てくれて嬉しいと思ってる。あいつの事は俺が結着つけるから、お前はもう難しいこと考えないで俺の隣でただ笑ってくれれば良いから」
だから、お前まで俺の側から離れないでくれ、と続けた言葉は柄にも無く声が震えて、情けなかった。
そんな俺の声を聞いた彼女は俺の頬を優しくなぞり、悟も泣いて良いからね、と小さく笑いながら涙を流した。
ーーーー初めてのキスは涙の味がした