夏油傑が離反した。
そう聞いても正直あまり驚かない自分が居た。
あの日から優しいふんわりとした空気を纏っていた彼の雰囲気が少し冷たくなった。
ニコニコと微笑んで、優しい口調で話しているのだが、どれも上辺だけに感じた。
私はそれに気が付いていたが、どうして良いかわからず、気付かないふりをした。
傑は高専の同期の内の一人で、無法地帯な悟や自由人の硝子、そして出来の悪い私を上手く纏めてくれ、いつも優しくフォローしてくれていた。
悟の事が好きになってしまったことも、傑には簡単にバレていて、悩みを聞いてくれたりもしていた。
とある日に、あんな屑みたいな性格の悟にじゃなくて、傑の事を好きになれば良かったよね、と呟いてみれば、彼は目を細めて笑い、いつでも乗り換えて大丈夫だよ、と冗談を言った。
きっと傑と話しをしていた時間が一番長かったはずなのに、それなのに私は彼の異変に気付かないふりをして、逃げてしまったのだ。
あの時、しっかりと話を聞いてあげれば。
あの時、彼と向き合っていれば。
あの時…。
そんな後悔の念が押し寄せてきて、どうしても彼に会いたくて、何かあればいつも二人でこっそり来ていた公園に走れば、そこには見慣れた黒髪長身の彼がこちらを向いて立っていた。
「やぁ、君ならここに来てくれるんじゃないかと思っていたよ」
何もなかったような声色だが、眉を顰め、悲しみの広がった表情をした傑は、私がここに来たことに何一つ驚きもせずにそう言った。
「どう、して?」
聞きたいことも言いたいこともたくさんあったのに、彼の顔を見た瞬間、胸が苦しく、喉が詰まって、そのたった四文字しか言葉にならなかった。
「どうして、なんて理由が今更必要かい?」
どうにもならない現実に、引き返せない私たちの関係に今更理由を問うても意味なんかない。
もっと言うべきことがある。けれど、涙が溢れ、頭の中もぐちゃぐちゃで、何も言えなかった。
そんな私を見た彼は、いつものようにふわりと優しく微笑んで、その大きな温かい手が私の頭を優しく撫でた。
「君は私の為に泣いてくれるんだね」
当たり前だ。
数年間、楽しいことも、苦しいことも、辛いことも一緒に経験してきた仲間だ。
家族よりも家族のように、毎日過ごしてきたのだ。
私にとって、悟や硝子、傑はかけがえのない仲間なのだ。
「…私について来るかい?」
風の音に掻き消されてしまいそうな程に小さな声で彼はそう呟いた。
それは今までの彼からは聞いた事がないほど、弱々しい声だったので、慌てて顔を上げれば、そこには今にも泣き出してしまいそうな傑の顔があった。
「わたし…っ」
私はついて行けない、そう告げようと思ったが、こんな消えてしまいそうな弱々しい彼にそんな言葉は告げられない。
そう告げてしまえば、もう彼と会うことはないだろう。例え、もし会う事になったとしてもその時は敵として、殺し合いをしなければならないだろう。
それ以上、言葉は続かず、彼と向き合っていれば、彼は目を細めて笑い、こう告げた。
「君は私について来るはずはないな。すまない、愚問だった。忘れて欲しい」
頭を撫でていた手は私の肩を軽く掴み、君と悟は素直になれば上手くいくはずだから、幸せになって欲しい、と告げ、彼は足を進めた。
何も伝えることが出来ていない、そう思い慌てて振り返り、どんどん小さくなっていく大きな背中に向かって叫ぶ。
「傑は、私の大切な、大好きな友達だよ。いつまでもそう思ってるから、傑が嫌だって言っても、周りがなんと言おうと、そう思ってるから…!」
彼は足を止めるとゆっくりと振り返り、また目を細めて優しく微笑んだ。
ーーーーそれが私の最後の記憶