浮気というか

「犬飼いはじめた」

どこの世界に青い毛髪の犬が居るんだと怒るより前に呆れた。嘘ならもっとマシな嘘をついてくれ、と思ったのは我ながら女々し過ぎる自覚はあったのだが勢いでそれを口走ってしまった救いがたい俺。タバコに手を伸ばしかけていた静雄は俺の声を聞いてパチッと一つ目を瞬かせて、それを見た俺はなんだかたまらなくなって静雄の腕を引きこちらに倒してその金色の頭を腕に抱えた。千景、しまるとボソッと言われたが腕から伝わる重さが愛しくて離したくなかった。
静雄の枕に付いた一本の見慣れない色合いの髪一筋に、ここまで嫌な思いをさせられるとは想像したこともなかった。女の影が全くと言って無い静雄、浮気されるだなんて理解と許容範囲の外にいく。自分がするのは、っていうかハニー達とのあれはどれも本気であるから浮気というのは当て嵌まらないのかもしれないが同じことを静雄にやられると己の所業を棚に上げて嫌なものだった。なんつーかよ、ガキですいません静雄おにいさま。俺あなたに相当イレ込んでるみたいであなたの中で自分が一番じゃねえとムカつくようです。許せ。
「千景」
「あんたの頭いいにおいする」
「・・・は?」
「シャンプー変えた?」
「ああ・・・そういや新しいの犬が買ってきてたな」
買い物するワンちゃんてどんだけ賢いんですか。前ここのシャワー借りた時に使ったシャンプーの銘柄を覚えていたがそれよりもっと高いものだとわかる。静雄は衣食住の3つとも全てを最低レベルで文句なく過ごせるほどこだわりが無いらしく弟さんからのバーテン服以外適当極まりないチョイスで身の回りの物を固めていた。だというのにだ。香りの他にも染色してキシキシの静雄の髪が、以前より指で梳きやすくなった。これと同じのノンが使ってたよ確かうわ俺何すげえ気持ち悪い。静雄ーとか呟いてみるとなんだ、と同じくらいのテンションで返された。好き勝手してるのにキレた様子もなく俺の腕の中でじっと俺を見返してくれるほどには「仲良く」なれたと思ってたし多分それは事実だ。全世界の女性は俺が守る男は仲間手下以外どうでもいー思考の俺にこんな独占欲をいだかせるって本当天下の喧嘩人形サマ愛してます。俺の物でいてください的なキメぇ一言まで勢いでぽろっと出そうになって、流石にそれは引かれるかと無理矢理飲み込んだら静雄が笑い、またそのレアな笑顔までもがなんともアレで真面目にキスしたくなって顔を寄せた。ガチャリと音がした。

「たっでーまァ静雄サーン牛乳買ってきたぜ今日シチューね! 奮発して牛肉だぜイエぁ! って」
「・・・・・・」
「ん誰?」

その嵐のような闖入者は、キョトンとした顔で俺と俺に頭抱えられてる静雄を見比べた。俺もそいつの顔を見た。てか目の色髪の色すげえ。
スーパーの袋を両手から提げた、ファンタスティックなカラーの青年がジャージ姿で、鍵を閉めていたはずの玄関に立っていた。合鍵を持っているのだ。
「静雄サン浮気?」
と花でも飛ばしそうなくらい朗らかに静雄に言った青年。喧嘩売られてんのかこれと思って野郎向けの表情でそれに応える。冗談っすよーと軽い青年の声。
静雄が身を起こす。離したくなかったが、堪えた。静雄は立ち上がって青年のもとへ自然な動作で歩いた。
「帰ったか犬。とにかく入れ。ドア開けっ放しやめろ、寒い」
「へいへい。あっ、これ中にアイス入ってっから冷凍室直行させて。時間かかったし溶けてっかも」
「このクソ寒い日にアイスかよ」
「ピノって時々無性に食べたくなる時ねえ?」
「雪見だいふくの季節だろ、今は」
目の前で行われる会話の気安さに腹も立たない。青年の虹色の髪、青もその範疇に含まれる。枕を共有する仲。静雄がどうしてこの青年を犬と呼び言い張るのかは謎だがそこにはおおよそ俺には知る由も無い二人の出会いの経緯なりなんなりがあるんだろう。明らかにどこからどう見ても人間な青年は見た目から言えば俺とそう変わらない歳だった。こんなイカれた風貌してんのに心当たりがないということはまさかこいつも暴走族、というわけではないだろうが、安全ピンを直接耳に刺すような男はハニー達にはあまり会わせたくはない人種に思えた。
靴を脱ぎ、こちらも自然な動作で静雄の家にあがった青年は、ちょっと鼻をひくつかせると明朗な顔つきで俺を見た。静雄を抱きしめてた時そのままで座っている俺に視線を合わせるように、青年もしゃがんだ。
「ハローっす、この香水のにおい、よくこの部屋漂ってたけどアンタのだったのかー。ウッディスモッグって高いのに金持ちだね」
にこっとしたままはじめまして俺戌井隼人19歳8ヶ月B型のオスですと右手を差し出され、あーだから犬、とひとまず納得した俺は六条千景19歳2ヶ月O型オスだと右手で握り返した。ぶんぶん振られてパッと離された。
「ろくじょうちかげくん。とかげっぽいね名前。てかあだ名はろっちー?」
「火蜥蜴ならポケモンかサラマンダーで格好いいだろーが。じゃあアンタはいっはーかよ」
「いやいや、ろっちーってあれじゃね? 埼玉の暴走族のお頭ってやつっしょ?」
「――TO羅丸だ」
イエスと返答するとクッ、と笑ういぬいはやと。
「俺の散歩範囲広いんだ」
「この前なんつった、宇都宮の餃子とか土産に買ってきてたよなお前」
冷凍室にアイスをしまい終えプシュリとプルタブをあげてスーパーの袋の中から取り出した缶ビールにぐびっと喉を鳴らす静雄が口を挟んできた。買ったのか19歳8ヶ月の未成年。まあ野郎の歳なんざどうでもいいし言われたことが真実かどうかもどうでもいいが。
「うまかったっしょー本場のギョーザ」
「うまかったけどよ。トムさんにお前昨日ギョーザ食った?って即刻バレたぞ」
「歯磨きしねーからだよ静雄サン。ろっちークン、今日シチューなんだけど食ってく? 俺料理うめーよ両親さっさと死んだからベテランよ」
晴れかな顔をむけてくる戌井の声音がまたすっげえカンに障り、帰ってやろうかという殊勝な気が激減した。ええ喜んで!と微笑んでやるとオッケーオッケーという軽い承諾。慣れた様子で台所に立つ戌井。
それと入れ代わりに静雄がビール片手に俺の隣に座る。静雄に一方的な独占欲をいくら感じようと実際には静雄を自分の物だと名乗る資格があるのは静雄だけなので戌井の存在を今まで教えなかった静雄を責める気も起きない。というか静雄は多分戌井のことが俺に不快感を与えるということにも気づいてない。悪いことという自覚はないしそれが正しい。ガキなのは俺。
「静雄ー」
「ん?」
「一口くれ」
「10ヶ月後な」
「バーテンのくせに」
「クビんなってるしな。あの馬鹿犬のせいで」
台所で鼻歌奏でる戌井の背中に中指立てたくなる俺正直者。とこっとん俺を堕落させてくれる静雄に今度こそキス。ビールの味が胸に染みます。
俺の物になってくれないあなたに俺も飼われたいよ静雄さん。女の子に尻尾振りまくるから去勢されそうだけど。

[ 15/33 ]


[戻る]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -