コンビニにコンビ

俺もあいつも社会人で予定は未定で日によっては携わる仕事が長引くなんてことは日常茶飯事で、その仕事内容いかんでは定時に家に帰れない時だってあるじゃないか。
仕事帰りの夜にアパートを見上げては、自分の部屋に明かりが灯っているのがわかり自分一人だけだとこうはいかないもんな、同居人がいるのもいいもんなのかもなと実はこっそりと癒されてたり和んでいたりしてたのに今日はその箇所が真っ暗なままで、あの馬鹿犬どこほっつき歩いてんだ番犬替わりもできねえのかと経った年月分だけ錆の浮き出た踏む度軋み声をあげる階段をコンビニのビニール袋をぶらぶらさせタバコのフィルターをかみつぶしながら上った。鍵をバーテン服のズボンポケットから取り出そうとして、街灯に照らし出された見覚えのある人影が玄関の前で三角座りしているのに気付いた。鍵を取り落とす。金属とコンクリートが擦れるカチャッという音が響いた。
「しずお」
音に顔をあげた人工オッドアイの筈の戌井は両目ともが赤くて、それが心細さからくる泣き顔ということに震える声で名を呼ばれた俺は気付いた。思わずあんぐり開けた口からタバコがポロッと落ちる。細い煙が立ち上る。
幼かった弟が迷子になって、それを自分があちこち探し回ってようやく見つけられた時に弟が浮かべたものにそれはよく似ていた。タバコを靴底で踏み火を潰し、そんな俺を見てまたへにゃりふにゃりと安堵したかのように俺の名前を呼んだ。
「静雄だ」
「・・・なんだよ」
こわごわとこっちに近づいてくる手を掴んだら背中が跳ねそうになるほど冷たくて、俺は忠犬ハチ公を思い出した。雪舞う寒空の下だろうと何時間でも主人を待ちます。
ただしね、あれはリアル犬で昔だから泣ける話になるんであって。現代で犬のような人間にやられても重いだけである。あと意味がわからないだけである。見知らぬ人間にやられればストーカーともとられかねないしなこれ。
「なんでこんな時間にこんなことしてんだよ。ネズミでも出たか?」
「違うよ」
鼻をすすりあげて、立ち上がる気配もない戌井は俺の腕を引いた。促され俺もしゃがみ、戌井と目線を合わせる。
「今朝喧嘩したじゃん」
「・・・そうだっけ」
全く覚えていない。
他人同士が一つ屋根の下で生活しているのだ、意見の対立などそれこそ日常茶飯事で、味噌の色についてのような些細な言い争いや掘る掘らないなどの切実ないざこざまで多種多様に及び、そんなものを一々覚えていられないのだ。
天真爛漫の度を越して脳天気の気さえある戌井がこんなになるほどには激しい喧嘩をしたようだったが、したがって全く覚えていなかった。ちょっと申し訳ない。
「朝出てくときお前何も言わなかったしさあ・・・今の生活だって俺が無理矢理押しかけたから成り立ったもんで、お前なんて当初すっげ渋々だったじゃん・・・、ああもし俺このまま捨てられたらどうしよう、もうお前帰ってこなかったらどうしようとか、一人でいたらそんなんばっか考えちまって・・・」
それで待ての状態でいたってのか。鍵を忘れた鍵っ子じゃあるまいし。
んでまあ俺ん家だしねここ。出て行くくらいなら追い出すんだけど。
「変だなあー・・・。こういうのほんと俺のキャラじゃないんだけど。むしろお前じゃんよ、こういう役まわりは。なんでこんなショック受けてんだって、自分でもわかんねー。お前の仕事長引くことくらいわかってんのに毒したつもりがお前に毒されたのかも」
独り言のように呟かれたその言葉を真面目にとるとまた馬鹿にしてんのかと怒りが沸いて来そうなのでとっくに鎮火したタバコを踏みにじって気を紛らわす。「静雄」
泣き腫らしたかのような赤い両目が俺のサングラスを通過した。

「捨てないでくれねえ?」

俺は。
俺は思えば昔から捨て犬捨て猫の類を雨の日の道脇に見つけちゃー無視することができずに拾って帰ったものだった。漫画のような手軽さで拾ってくださいと段ボールに無責任に書きなぐられたサインペンの字に腹がたって、絶対に新しい飼い主を見つけてやるよと勢い込んで。たいていは飼い主が見つからず癇癪起こし冷蔵庫などをひっくり返した俺にビビっていつの間にかいなくなっていたものだったが、この馬鹿犬は逃げるどころか俺に捨ててくれるなという。傍に居させろという。殴ったり蹴ったり最近手加減が面倒くさくなってきてる俺なのだがこいつには生存本能はないのだろうか。
こいつは朝起きても勝手に居なくなったりしないのか、抱えて眠ったはずなのに居なくなって、空虚な思いにさせないのか。
「はっ。はっはっ」
駄犬だー。
まったく。
「・・・食う?」
犬のピクンと立った耳が見えた気がした。がさりと鼻先に差し出したコンビニの袋の匂いを音を立てて嗅いでいる虹色の犬。
「なにこれっ! うまそーっ」
「おでん」
「俺がんも大好きっ」
「球形なの卵しかねえよ」
俺ごと飛びついた戌井が目を輝かせる。「まだあったけえ!」
「つーか入ろうぜ、この時期はそろそろやべえ」
うん。ほだされてる。自覚はある。
飼い犬にするなら首輪がいんのかなーと思いを馳せながら取り落としたままだった鍵を拾う。
暗い室内に、戌井が明かりを点した。

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