お兄さんを僕にください

戌井は意外と料理がうまかった。自信作というブリの照り焼きを、兄と違い舌の肥えた幽がおいしいよ、と太鼓判を押し、味覚音痴のきらいのある俺でも正直にこれはひょっとすると美味いかもしれん、と述べることのできるレベルだった。もはや10年近くも前の話になるが、ぶっちゃけ俺ら兄弟のお袋よりもうまかったかも。・・・ごめんなさいお母さん。
得意料理は肉じゃがよ、だとかおたまをもったまま身体をくねり、自分のキャラクターを勘違いしている感のあるうすら寒い様を晒してくれはしたものの、こと食事に関しては確かに言うことなかった。よかったね兄貴、いい人見つけてと、どこかズレた幽の意見にも思わず頷けた。なんか見返りをくれといいたげにキラキラした赤と青の目が光ってたから、褒美によしよしと犬にするみたいに七色の頭を撫でてやると「わん!」と鳴き、ああマジで犬なのかな、だったらもう殴れねえやと思ってしまった。「俺今から発情期い!」という阿呆丸出しな言葉とともに腕まくりをしたままのジャージで襲い掛かってきたので前言を撤回する羽目になる。いやなってない。蹴ったから。
「戌井さんておもしろいね」
全くなんとも感じていなさそうな温度のない口ぶりで俺の弟。「白い犬は・・・」なんて、腹を押さえてうずくまる戌井が呟いていて、案外余裕だなあこいつと思わずにはいられない。俺が鈍ったのか(この迷惑な力が消えてくれるのは大歓迎だ)こいつが丈夫なのか(だからどMなのだろうかおとといきやがれ)、どっちだろう。
しばらくして回復したらしくゆっくり膝を立てて起き上がる戌井。待ってやる義理はなかったので幽が持参してきたトランプで3回戦目の大富豪をしていた俺達を恨めしそうな顔でみる。メシ作ってやったのにお前ら、の意味かとおもいきや、「俺除け物にして大富豪ってお前ら! 交ぜろよ俺バリクソ得意だぞ! 賭けようぜ1ゲーム500円から! 革命起こしてジョーカー最弱にしてやるぜこの野郎!」――ノーコメント。あまりの可哀相ぶりにふるう拳どころかかける言葉さえない俺の代わりに幽が「平和島家が採用したルールではジョーカーの価値は常に一定で、革命で最も弱るのは『2』です」・・・そうきたか。いや、まあいいや、幽だから。
「なるほどジョーカーは切り札ってくらいだもんな、そりゃずっと最強だわそりゃそうだ」なんてほざいて戌井は胡座をかいた。今やってる俺らのゲームを観戦するつもりのようで、首を伸ばして俺の手札を眺めている。なんとなく気恥ずかしさが込み上げるが、何も下着の中を覗かれたわけでもなく、怒るに怒れない。
戌井が口を開く。
「そういえば静雄くんよー」
「そのアイドル事務所みたいな呼び方は幽にだけしろ」
「なら静雄ー」
「馴れ馴れしいよ」
「では、静雄、ちゃん?」
途端に怒りが身体を支配して気づけば戌井を殴っていたらしい。悪いことしたな、と仰向けでピクリともしない戌井を見て思うのは、それが八つ当たりだと自覚しているからか。そもそも、奴は俺を静雄と正確に発音したのだし。
「兄貴」
「わかってる。自己嫌悪してる」
「そうじゃなくて」と幽がさしたのは俺の右手。戌井を殴ったのはこっちの手らしく、親指で挟んでいた数枚のトランプはどれもひしゃげていた。
「そうじゃなくて、って」
「もうこのトランプで座布団はできないね。のばしてもシワ残るだろうし」
「・・・悪い」
「お前ら兄弟って薄情よねほんと・・・」
戌井の、声だけが聞こえた。
悪いことしたなあ、とまた思って、しかしどういう方法を用いてこの反省と謝罪を伝えたらよいものかと迷い、悩んだ末にまた頭をなでる。ワンパターン。
脱色と着色のしすぎでがしがしになった触感は、少し俺と似ている。
兄貴俺もとやってきた幽の頭ももう一方の手で撫でてやる。一度もダメージに繋がる加工をしたことねえからか、さらさらしてる。そういえば、と戌井にたずねる。
「さっき、なんていいかけたんだ?」
「・・・ああ・・・?」
ああ、お前って俺来る前はどんな食生活だったのって、聞きたかっただけだよ。――息も絶え絶えな重傷人に(まー俺のせいだ)それだけ言わしてしまった責任をとるべく、素直に答える。
人は成人したらカップラーメンだけで生きていけるという俺の人生論を伝えると、「・・・よくそこまで育ったな・・・」と微妙な言い回しで感想を。余計なお世話。
「兄貴はタテはあってもヨコは細いもんね」
「うおっ。おいくすぐってえって、こら幽、腰さわんなよ」
「・・・いちゃつくなよ」
「は、戌井、なんか言ったか?」
「・・・・・・今日お前のベッド忍び込んでやるからな」
恨めしげな戌井の言葉に首を傾げずにいられない。とにかく、忍び込まれるのは嫌だなあと思った。

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