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イブの23時59分を一人風呂場で過ごした静雄は、聖なる夜が到来した瞬間もひたすらに左の肩を洗っていた。マツキヨで290円で購入した桃の匂いがかすかにするボディソープを五指であわ立て直接肌へ丹念に丹念に、すりつけるように、こするように洗っていた。桃の匂いが鼻腔を通過して脳を刺激し一瞬めまいがするほどに、皮膚が悲鳴を上げるほどに磨き上げていた肩はしかし、ゆっくりとシャワーで泡を洗い流したら、静雄が見たくもない歯形がまだそこに、消えることなく残っていた。きっとつけた人は歯並びが整っているのだろうと、事情を知らない人でも見るだけで実際を想像できそうな痕は、メスも通さない静雄の肌にしてねっとりとした暗澹たる憎悪を感じとれそうなほど深く、くっきりと刻まれていた。犬歯はより深く、静雄の肌に食い込んでいたのだろう、その箇所はあざを通り越して生まれたときからあるシミのように黒ずんでいた。静雄は声もなく顔をゆがめる。真っ赤なのは、湯気に当てられたせいだけではない。

「たった一人で恋人たちの日を過ごす君に、俺サンタさんからのプレゼントってやつだよ」

ねえねえすごくない君を行動不能に出来ないわけじゃないってことが証明されたんだよと、かび臭い畳を軋ませぴょんぴょん跳ねながら折原臨也が言った。3時間前のことだ。
上司の田中トムから仕事終わりに突然、やるよと言われ受け取った大トロ寿司詰めを、築40年のアパートに持ち帰って唯一の家具であるちゃぶ台に乗せて開け、一口食べたら突然視界が真っ暗になったのだが、目が覚めると一番に天井が、次にこの男の顔が見えた。静雄個人の意識からすると公衆便所に放置された汚物よりも直視したくない秀麗な天敵の姿はいつもであれば右拳を脊髄反射で動かすのだけれど、どうしてだか今日に限ってはだらんと力なく畳の感触を味わっていただけであった。感覚はあるのだが動かせない、そんな気持ちの悪い四肢の状態に戸惑う静雄を、これ以上はないと言うほど晴れ晴れとした視線で見下す臨也。静雄が動けないと言うことを静雄よりも知っているという面持ちでわざとらしく静雄の耳に唇を寄せ、「あのね、田中さんが君のために町のお寿司屋さんで予約しておいたサプライズプレゼントのお寿司にね、細工をしてくれるような友達が、俺にもいるんだよ」とひそひそとささやいてきた。もうあと1秒顔を上げるのが遅ければ、鼻の辺りをもぎ取れたのになと、静雄はゆっくりと歯を鳴らしながら千載一遇のチャンスをものにできなかったことを悔しく思う。口は動く、緩慢にだが開閉できる。しかし中の舌は微動だにしない。
「お前だっていねえだろ恋人、あと友達」と、とりあえず浮かんだそんな減らず口を、だからはっきりと人間の言葉として発音できた自信は静雄にはないけれど、唇の動きで想像したのか思考を読んだのか、とにかく伝わったらしく臨也は唇を歪めたのだった。動けない静雄の体を裏返し、首の裏を踏んで、軽快なシャッター音を静かな空間に響かせる。
「馬鹿だね、信仰の日だよクリスマスは。俺を様付けで呼ぶ女子高生がどれだけいると思ってるの。あと友達もいるから。君じゃないけど勿論」
自慢できないことを自慢するかのように堂々と言い放った臨也は、いやあいい写真が撮れたよさすが俺、と清々しすぎていっそ淀んだ、通りのよい声で静雄の耳を侵略する。
「あ、あとさっきはよくも鼻を噛み切ろうとしてくれたよね。ありがとう、お返ししてあげるね」
今度は静雄の身を横向けにし、バーテン服のシャツをボタンの存在を考慮せずに剥ぎ、肩を露出させると臨也はそこに噛み付いた。
歯の力、噛む力は足で蹴る力より強い。いたぶるように臨也の歯はじわじわと圧力を増し、およそ5分もの時間を越えて肩に食い込んだ。相変わらず指一本動かすことさえ叶わないのだが臨也にしてみればうまく出来た話で、感覚だけは麻痺しておらず、静雄は痛いと言う感覚を久しぶりに思い出させられながら屈辱の時間を過ごした。
それからバービー人形のようにあれこれポーズを変えられ、仰向けにされ横向きにされえび反りにされシェーをさせられ指を三つ編みにされ最後にまたうつ伏せにされ、途中で静雄は数えることを放棄したが、合計100回以上は聞こえたのであろう携帯電話のシャッター音を鳴らしたらようやく満足したらしく、臨也は「えっとね、寿司に盛ったやつ50パーセントの確率で死ぬけど、もう50パーセントの確率で、半日もすれば動けるかもしれないよ」と言い残して、さっさと玄関を開けて出て行った、ようだった。うつぶせにされたままの静雄には見えないことだが鍵を閉めずにアパートの階段を下りる音がした。静雄は臨也を脳内で300回は殺した。
それから半日どころか携帯で確認したところ3時間で復活した静雄が直行したのは風呂だったのだが、乱暴に扱われたバーテン服を脱衣所で丁寧にたたみ皮膚がむけるくらいに磨いても歯型は消えなくて、風呂を上がるとシャリがかぴかぴに乾いた寿司がこの家唯一の家具であるちゃぶ台の上に鎮座していて、静雄はふと叫んでやろうかと思ったのだが、時間に気づいて止めた。サンタクロースの跋扈する時間帯、いつまで経っても大人になれていない自分は靴下でも吊るしてさっさと寝るべきであるのだ、起きたとき目の前にプレゼントがなくとも。


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