レジュメ1ページを開いて


折原臨也がネブラに捕らえられて記憶と人格を少しばかり操作されてから3ヶ月。池袋から火種は消えたとはいえないまでも、彼が裏で動いたとき特有のあの複雑に絡み合い人の弱みを露呈させる悪循環が相乗効果を引き起こすような感じの事件はすっかりとなりを潜め、快活でわかりやすい、人情味のあるいざこざだけが残った。今の折原臨也といえば、怪しげな情報屋として怪しげなネットワークに参入し怪しげな人と怪しげなものの取引をしていたなんて過去を一切感じさせないほど爽やかな中高生向け講師などを、池袋駅前の塾でしている、ただの25歳男性だった。社会貢献度でいえば格段に3ヶ月前よりも上がっており、奴の信者だった夢見がちな年頃の乙女たちも健全に汗を流し労働する彼の姿に醒めたというか冷めたというか、とにかく無事我に返ったようだった。奴の関係者で損をしたのは折原臨也の顧客だろうが、それに関して言えば他にも腕のいい、折原臨也ほど自己主張や自己陶酔が激しくも強くもない、あくまで己を道具だとわきまえている代替がいくらでも居るので、その不満についてもすぐに霧散することだろう。折原臨也は全うな人間に戻ったのだった。池袋で事情を知っている一部の人間からすればネブラが何を思ってただのチンケな情報屋の精神を改竄したのかはわからないだろうが、それは確実に改良といえた。池袋の真ん中で突然「人、ラブ!」などと新興宗教のような恐ろしいことを平然と叫びだす頃の折原臨也は、もはやこの地上にいないのだった。

「こんばんは、静雄君」

折原臨也が変貌したことによって、同時に、平和島静雄の安寧も保たれることになった。
そもそも平和島静雄は折原臨也からにじみ出る、人間の醜悪さというか愉快犯の臭気、それに人を欺き唆すことに快感を覚える性根と口から出るガラスのような言葉が気に障ったのであって、それらすべてを取っ払って清く正しい方面に大きくウェイトを傾けた折原臨也のことは、嫌いも憎いもないのだった。彼らが街中ですれ違っても、自販機が空を舞うことも、電柱が根元から折れることも無くなり、ますます池袋の平和につながった。平和島静雄は受身の人間である。彼が烈火のごとき怒りを放つのはいつも他者からの働きかけでのみ成り立つのであり、スイッチが押されない照明が点灯することは無いように、平和島静雄も逆鱗に触れられない限りは感情を露わにしすぎることがないのである。
自分がいかに世間の思想から異物扱いされるかをすっかりと忘却して正しい人間となった折原臨也は、だから職場から自宅でなく平和島静雄が住む築20年のアパートに向かい、夜11時45分にチャイムを鳴らしても、平和島静雄から殺意を向けられることも、四の五の言わず包丁を投げつけられることもなく、至って普通の声音で「よお」と出迎えてもらうことが出来るのであった。

「ごめんね、こんな時間に。下を通りかかったらまだ電気ついてたからさ、寄っちゃった」
「いいって。あー、カップ麺しかねえけど」
「ご馳走してくれるの? わあ、嬉しいなあ」

当たり前のように部屋に招き入れる平和島静雄と、当たり前のように招き入れられる折原臨也の間にかつての仇敵に対する激情は一切無く、それもそのはずで二人は現在、世間でごく一般的にいうところの、友人であるのだ。
自分がそこで何をしたかまでは覚えていないくせに自分が来神高校の卒業生であることだけは覚えている折原臨也は、何があったかは覚えていなくとも高校生活でもっともこびりついている平和島静雄の名前と存在までは忘れておらず、且つ池袋にその名をとどろかせる平和島静雄の存在を池袋での日常生活を送る上で無視することは出来ず、めでたく折原臨也と平和島静雄両名の『旧友』は、再会と相成ったのであった。
はじめは仇敵の相手の変異に戸惑い、警戒していた平和島静雄も、元来人の心をつかむのに長けた折原臨也が裏表無く、きわめてストレートに友人としての石垣を積み上げたので、すっかり絆されてしまったわけだ。平和島静雄は折原臨也を現在では家にも招き、あまつさえ、貴重な食料源であるカップヌードルを差し出し、目を細めてこうまで言うようになったのである。

「なあ、シズちゃんって呼んでくれねえか」
「きみって、そう呼ばれるの好きだよね、なんかのドラマの影響?」

人好きのする顔をくしゃくしゃにして笑う折原臨也は、いいよと小さくつぶやいて、『最近再会し新たに友情を育んだ高校時代の同窓生』に、ひどく優しく囁いた。

「愛してるよ、シズちゃん」
「……くそ。そういうことそういう顔で言うなよ。可愛いな」

折原臨也とは本来、メジャーからマイナーまで各分野の知識に精通し、人の心の機微を敏感に感じ取り、声の調子も顔の造作も麗しい、塾講師は天職ではないかと思わせるほど人から仰がれることに秀でた人間なのである。
好奇心という名の悪意を消せば万人から愛される人間であり、それは平和島静雄をもってしても例外ではない。
かくして、平和島静雄は正真正銘、友人として、人間として愛することのできる親しい存在を得た。血の繋がらない相手でありながら、弟平和島幽に勝るとも劣らぬほどの愛情を注げる相手を。
もう一度画面をご覧ください。このように、数ヶ月前まで殺したいほど憎んでいた相手でも、対象が変化をすると彼自身の感情にも変革が起きるということがこれで証明されたわけである。
ネブラでは引き続き、他者から平和島静雄に与えられる変移とその可能性を調査してゆく。また、次回は一度心身ともに繋がった相手の別離と、再変貌についてをノルマとする。それではこれで、今期のデータをまとめた発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。



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