まあ飲めいいから飲め

あなたと兄貴のことで兄貴にするのは構いませんが、あなたと兄貴のことで俺に危害を加えないでください。
人の家の鍵にピッキングしようとしていた青年は悪びれる様子もなく、背に声をかけた幽を振り返るとやあと、堂々右手で挨拶をした。母親から学校帰りにスーパーのタイムセールに寄れと材料リストを渡されたうえ言われていた。幽の腕からさがる二つの買物袋は持ち手のビニールを軋ませるほどに重い。そんな中、玄関先でごちゃごちゃやっている男は邪魔だった。

「なるほど、弟君に開けてもらえばよかったんだね」

染色せずとも茶味がかかった平和島家の頭髪事情の中で、自分以外の黒髪を見るのは新鮮だったがそれだけで親近感を抱くほど幽は素直な少年ではなかった。しかしとりあえず己が招いた客人だからと、紅茶のティーパックを探すが見つからない。仕方が無いので水道水を汲み、その無色の殺風景さにウスターソースをちょっと混ぜてぱっと見烏龍茶のような代物を作り、氷を数個入れて食卓に座る青年に出した。きょろきょろ物珍しそうに辺りを見渡し、なんならそのままほじくり返しそうな様子で、その飲料を見もしないままありがとうと形だけで礼を述べる学ランの青年。一口礼儀として飲んで、ぶひゅりと吹き出しそうになり、堪えた模様。
なんだか壮絶な顔色をしているが、幽には心当たりがない。このクソ寒い中で氷入りを綺麗な顔で当たり前に出されたこともそうだけど味の威力がおかしい、とまるで噎せるのを耐えるような表情をして言っているけれど、意味はわからなかった。

「流石だね、えっと、平和島――」
「幽です」
「俺は折原臨也です。お兄さんとの同級生です」
「はじめまして」
「はじめまして」

初対面である。
勿論、こんな奇態の青年とこれまで関わってくることがあったほど、幽は奇態ではない。
折原の目の前の椅子に座る。そこは本来幽が座っている席で、折原に勧めたのは父の指定地だった。兄の席は幽の隣である。

「兄は見ての通り留守ですが」
「知ってるよ。俺のにおいを嗅ぎ付けたシズちゃんが飛んで来ないし。バイトでしょ。どうせ長続きするはずもないのに、無駄な努力だ」
「帰宅は8時頃だと聞いてますが」
「止してよ、留守だと思えばこそこんな敵地に赴いたんだ。なんか弱みを握れるかなと思ってさ。ね、シズちゃんの部屋どこ?」
「折原臨也さん、でしたか」

聞いたことがありますその名前――という幽の言葉に、だろうねと感情の起伏なく頷いた。学ラン姿の折原が何故ブレザーを着て毎日登校してゆく兄と同じ学校の生徒なのかはわからなかったが、まあそういうこともあるだろう。
問題なのはそんなところではなくて。

「丁度よかったです」

折原臨也さんにお会いできたら一度、言いたいことがあったんです。
へえ、なんだろう言ってご覧、どこまでも上から目線な言葉に甘え、はいの返事の後に続ける。

「あなたと兄貴のことで兄貴にするのは構いませんが、あなたと兄貴のことで俺に危害を加えないでください」
「・・・意外だね? 自分にさえ被害が及ばなけりゃいいのいいのかい。俺が言えることでもないけど」
「そう捉えましたか」

見識が狭い人だ。
いや。
狭いのは良識かな。
人が出した飲み物にさっきから一度も手をつけないところなんか、特に。

「自分のことで俺が傷ついたら、兄貴も傷つくじゃないですか」
「はァ?」
「兄貴自身のことで兄が傷つくのは、貴方のせいみたいなので貴方一人に怒りは集約されます。だけど、俺まで傷つけたら兄貴は自分自身も恨まなきゃならなくなる」
「・・・前言撤回するよ。兄が兄なら弟も弟だ、とんだブラコンだね。でも、そうか。ふうん。なら」
「俺を傷つけたら兄貴もダメージを受けるということですね」
「ありがとう、いいことを教えてくれて」

にこり。優雅に笑う折原は、その歳で随分とひどい性格をしているようだ。どこまでも、どんな手を使ってでも、平和島静雄を陥れたいらしい。
ピッキングしようとしていたくらいだしな。
平和島家って一軒家なんだけど。玄関外からまる見えなんだけど。あれ、結構言い訳の仕様のない決定的現場だよな。
流してしまったのは幽自身だが。
訴えれば勝てる。

「ええ。なので、俺は自分を守ります」
「へーえ。どうやって?」

この人ナイフ持ってんだよな。
兄から聞いた折原臨也なる人物の話を思い浮かべながら、気を引き締め言う。
この人、危険だよなあ。
兄貴と関わらせたくないなあ。
今日の晩御飯何かな、肉じゃがかカレーかシチューだと推測出来る材料だったんだけど。と考えるついでで折原の排除にかかる。こういう状況ってあまり経験無いので、いまいちテンションの高低具合が難しい。

「俺、こんど芸能界デビューすることになってるんです」
「・・・・・・?」
「デビュー作ももう決まってます」
「それは、おめでとう」
「この間社長直々に食事に連れていってもらったんですが、その時太鼓判を押されました。絶対お前はこの事務所歴代のアイドルの中でも一番に売れる、有名になると」
「ふうん」
「どうします。そんなに売れた俺が、生放送であなたの名前を出して、悪し様に罵ったりしたら」
「―――」
「そうきたか、って顔になりましたね。そうですよ、そうきますよ。俺を利用してこれ以上兄貴をいじめるっていうのなるなら、俺も俺を利用しますよ」
「――かぁっこいいねえ!」

突然、折原はパァンッと高々しく両手を打ち鳴らした。

「君はすごいね。若いのに勇敢で、知的だ。綺麗なだけじゃなく図太くしたたかな面もある。そりゃ売れるさ、社長さんは間違ってない。俺もそう思うよ、君は大成する。ますますすごい人間になっていくだろうね、更なる進化をするんだね」
「どうも」
「これだから人間おもしろい! 」

きゃっきゃっと笑う折原に、何故兄貴はこんな輩と関わってしまったのかと追及したくてならない。
この人が勝手に関わってきたんじゃないのかと邪推するが、間違っているだろうか。
本人は認めようとしないが、兄は昔から変な人から好かれやすい。岸谷新羅などがその代表格である。普通の友人の作り方を知らないのだろうか。世の中には頼むからその身体を解剖をさせてくれと土下座してこない人間のほうが多いはずなんだが。
彼もそうだ。鏡がある世界で生きる幽の目から見ても折原は整った顔をしているが、どこと無く爬虫類のように狡猾そうな瞳はあまり長時間見ていたくないもので、だからこそ基本的に他人に淡泊なあの兄がああまで気にするのかと。そんなことを考える。
でもね幽君、性懲りもなく折原が口を開いた。この短い時間に気づいたがどうやら黒髪の青年は基本的に他人を不快にさせる言葉しか吐かないようだった。兄に限らず、人から好かれたいというのであればまず黙っていればいいのにと、見栄えだけはいい彼を慮るがそれを優しく教えてやるほど、幽は彼に好意を持たなかった。幽手製のドリンクを視界に入れないようにしてるし。
折原は囁く。幽君、君の妙案は覆るんだよ?

「だって俺、折原臨也じゃないんだよ」

はァ?
今度は幽がそう言ってやりたかった。
青年はえへっと口にだした。それは使用法が恐ろしく難しい、加減を誤れば劇薬なも成り兼ねる単語であるからして、間違っても高校生男子が口走ってもよいワードではない。ドリンクを飲め。

「そう名乗っただけであって、俺は奴じゃない。田中太郎って言いますはじめまして」
「そんなことで、言い逃れなどが」
「出来るよ? だって俺と君は初対面だ。断定できるかい、君に。俺こそが本当に折原臨也だと」
「・・・・・・」

幽はポケットから携帯を出し、無言のまま写真を撮った。
パシャッという軽快な機械音とフラッシュが光り、青年のエッそれちょっ・・・みたいにこちらを制止しようとするみたいなポーズごとフレームにおさめた。これで。

「兄貴に確認が取れますね」
「やめてそれ反則ぅうううう!!!」

一転して何やら調子に乗っちゃってゴメンナサイ!と机に額をこすりつける勢いで頭をさげる折原。多分折原でいいんだろう。

「謝らなくてもいいです。兄貴自身にちょっかいを出すことも構いませんし。ただ、俺に危害を加えて兄を傷つけることだけは許しません」

何するかわかりませんよ、と告げる。
何されるのかな、と折原がまぜ返す。
社会的に抹消することの他にも幽にできることはいっぱいあるのに。
たとえば。

「とりあえず、そのドリンクを全部飲んでもらいます」
「俺そろそろ帰ります」
「せっかくだからカレー?も食べていけばいいとおもうんですか」
「なんで疑問形なんだ。いや、俺ここにはシズちゃんの弱みを探しに来ただけで」
「そしてもうすぐ兄貴も帰ってくるかと」
「うわやべもうほんと帰る」

兄の友人は変な人しかいないけど。
あの人とも岸谷さんとも、長い付き合いになりそうだと思った。弟の勘である。絶対的な引力を持つあの兄からは中々逃れられないだろう。
だから早いうちから、自分の存在を知ってもらわないと。いつでもあなたを蹂躙できますよ、とわからせるために。

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