ハロー俺を拾ってください

初めて会ったのは静雄が、見習いという修飾語は付くものの、服だけでなく職業もバーテンダーを名乗れていた頃だった。
『罪歌』との一件がまだまだ先の当時のこと、我慢と言う字の存在は知っていても実行までは出来なかった静雄だ。だが、酔っ払いを相手にするのは予想以上にストレスがたまりすぐに沸点にが達しそうになるものの、天敵の情報屋のような屁理屈をこねたくる嫌味な人種と違い、これは素直な鬱憤晴らしなのだと割り切って出来る限り誠実に接してきた。静雄は二日間、自分でも意外なほど順調に仕事をこなしていた。
そんな折、彼は来た。
破天荒な虹色の髪と左右で違った色の瞳、ラフなジャージ。頭が春な人だとしか思えない、馬鹿みたいにカラフルな色に目を射抜かれた静雄はさり気なくマスターに代わってくれないかとサインを送った。が、マスターは他の客(静雄の目から見ても美人な女性だった)との会話に夢中で静雄など歯牙にもかけない。いらり、眉間に皺をよるのを感じる静雄のまん前に、その奇抜な客は座った。うわあ来たか、あのまま帰ってくれてよかったのに寧ろそうして欲しかったのにという『客』に対するには些か無礼な考えを何とか胃の奥まで飲み込み、表面だけはいつものようにローテンションに「こんばんは」と社交辞令として話しかけた。
青年、いや少年と言っても通じる(おいおい酒飲んでいい年なのか)その客は、静雄に向かってにぱっと笑い。
「ラーメン」
は?意味がつかめなかった静雄。それがわかったのかもう一度繰り返すその青年。バーに来て「生中とラーメン。あ、竹さんとこほどの傑作は期待して無いから大丈夫で!」と言い放ち、それだけでも十分発憤しそうになった静雄に追い討ちをかけるように「ねえお兄さん今夜暇?よかったら俺と一緒に『ラスト・アクション・ヒーロー』観ない?」とカウンターから身を乗り出し、たがいの鼻がくっつきそうなほど近くからきらきら輝くオッドアイで見つめてきた。
それこそ本当に、少年のような、一点の曇りも無い狂眼で。
「ははは」
静雄は、切れた。
我慢する気にもならなかった。
気が付いたら店のドアに人の形の穴が開いており、数人の客は皆揃って隅のほうに寄っていた。マスターも然りである。彼は震え柱にしがみ付きながら、「平和島君・・・ごめん君クビ」と青い顔で宣告した。「あ、あと修理費も給料から引いときますごめんなさい」と土下座でもされそうな勢いで言われた。
お世話になりましたと言い残したあと、怒りを通り越しかえって穏やかな気分で帰路につく静雄。しかしやはり心は空虚。自分にしては二日間、良く頑張った方だ−−自慰の言葉もどこか安っぽい。支給品で無く自前のバーテン服はそのまま。
入り混じる感情が多すぎて強引にそれら全てに蓋をし、文字通り無の心境となり普段より更に鋭敏となった静雄の聴覚が不快をあおる声を拾う。
「いやまあね、そりゃ確かに俺達すっげえドラマティックな別れかたしたよ?うんうん覚えてるってうん。気まずい?え、俺は感じないけど全然。だって俺とお前の仲じゃない。けどさそれよりさあなあなあ狗木ちゃん知ってる?池袋には生身で俺を50メートルくらい吹っ飛ばせる男がいるんだぜ!生身生身!リアル『ハンコック』のウィル・スミスだよ本当! ・・・・いやいや嘘じゃねえっていやそりゃホラもふくけど基本的に素直な男っしょー俺って。いや夢の話でなく。実際に車にもバイクにも乗らずに文字通り身を持って時速30キロ超えたのを感じたしっていうかさ、ははは、早すぎて受身も取れずに電信柱ぶつかって頭からちょっとやばい感じの量の血液がどぴゅどぴゅ出とるのよ。悪いんだけど、救急車呼んでくれないマジ頼むからなんでもするからってちょっと、狗木!? おい、切んなって!おいッ頼むからあ!」と興奮しすぎて半ば怒鳴るようにして誰かと通話しているようだが。なんなんだろうか。
どこかで聞いた声。ついさっきまで聞いていた声。自分がクビになった理由。
「・・・あーよかった、お前にもまだ人間の情が残ってたんだなあ、ああていうかそうか、今こうして話しているイコール救急車電話で呼べないわけね。ならいいよ切らずに話聞いてくれよ俺の。そいつさあ、なんとバーテンなんだけどすげえの。一見お前並に細いし大人しそうなのになあ。あー、もしかしたらこっちにいる間浮気しちゃうかも。ごめんね狗木ちゃん泣かないでね愛してるからー・・・・知ってんだぞ本当は携帯二つ持ってるくせに重傷を負った親友に救急車も呼んでくれないような薄情な君だけどなテメエは!」
ふと背筋に寒気がした。どうしてだろう、思い出したくも無い天敵の情報屋の笑い声が脳裏をよぎる。嫌な予感、怖気が走る。聞こえないフリ、聞こえなかったフリをして静雄は足早にその場を去ることに決めた。初めてだ、切れるより先に逃げようと思ったのは。

これより先、あの男との間に何があろうとも。
とりあえず、今の静雄が考える事は一つだ。
就職祝いでバーテン服を20着も送ってくれた弟になんて言おう。

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