布石

あなた海賊になりたいと思う?と聞かれたので今度はなんの漫画に感化されたんだと問い返す。ゴムゴムの実は現実には存在しないんだからなと、ちゃんとわかっているのかどうか怪しいことを確認したらにんじんの切れ端が付着した包丁を持ったまま振り返る極彩色の頭。

「・・・静雄さんてさ、いつも思うんだけど島とか橋とか治外法権とか、俺の話どこまで信じてる?」
「2〜3割?」
「ああ、ああ大丈夫俺はあなたが素直になれなかった中学生のころのツンデレを引きずった男だと知っている」
「狩沢なら喜んで聞く設定なんだろうなと思ってる。お前の外見も含めて」
「俺はアンタを喜ばせるために今日もめちゃ美味いビーフシチューを作ってるっていうのに。あと1時間待ってね」

珍しく、仕事終わりに家に帰ってもまだ夕飯が出来ていなかった。もはや否定することも面倒臭いので言うが味覚音痴の俺とすれば何が出てこようと熱いとか冷たいとか固いとか柔らかいとかくらいで大して感想は変わらないのだが、毎回戌井は手の込んだ料理を振る舞う。食に関心が薄いらしい自分は1時間の間に寝るかもしれないので先に風呂に入ろうかな、と腰を浮かす。まだ沸いてないよーとすかさず思考を読んだように声がとんだ。本当に珍しい。どこまで本気なのか、いや本気でしかないのか、以前お風呂にするご飯にするそれともぉ、と玄関口で非常に疲れるやり取りをさせられたことがあるくらい、戌井は堂に入った、立派な、完璧な、見上げたヒモなのだ。

「ていうかハイかイイエかで答えてくれりゃあ・・・」
「お前さ、俺にいきなり吉野家で働きたくないか?って聞かれてどう思う? どうしたの? 乳牛プレイがしたいの?なんてアホなことぬかしてくるお前が手に取るように見えるぜ」
「いつの間にそんなに俺のこと知ったかぶれるようになったの静雄さん。リクエストにはお応えするから言ってごらん?」
「ホルスタイン柄の痣はどこに欲しい? 右目か?」
「海賊になりたいんだったらさ、俺が手伝ってあげたのにって言いたくて。静雄さんと海賊するのも楽しそうだから・・・」
「なんねぇ、・・・お前、ヒモ以外に職業欄に書けるもんあったのか・・・?」
「ゲリラ暗殺者スパイ護衛、ときてのヒモ」
「ガチか? 信じるぞ?」「あは、どうぞ」

どうとでも取れる曖昧な物言いは例えばそれを言うのが見知らぬ料理人だったら殴るだろうし見知らぬゲリラだったら殴るだろうし見知らぬ暗殺者でもスパイでも護衛でもヒモでも殴る。でも。犬は殴れない。
弱い者イジメなんか気取れるほど強くない。
もしかしたらこいつは俺に何か言いたいことがあるんじゃないかと戌井の瞳を見つめる。くすぐったそうに戌井は笑って鍋にピッチャーの水を放り込んだ。

「今日、里帰りしてきたんだ。そんでついさっき戻ってきたの」
「おう」
「海賊する気は無いんだよね」
「暴力行為は嫌いだ」
「そっか。そうだね、そんなアンタが好きだよ。・・・俺、帰んなきゃいけないかもしれない、そろそろ」


一年だったけど、超楽しかったです、ご主人様。
それはそれは晴れやかに、忠犬に相応しい顔で戌井は微笑んだ。赤青の瞳が細まった。水がひたひたに入った鍋を載せたコンロを強火にする指が動いた。
俺に足りないものは味覚だけであり嗅覚は問題無かったはずだが何故か、いつまで経ってもビーフシチューのにおいはしてこなかった。

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