こっちも向いてよダーリン

平和島静雄という人間に感情を剥き出しにさせるには怒らせることが一番手っ取り早い。そのための手段として最も効果的なのはとある固有名詞である。折原臨也。そのたった7文字の呪文はその耳朶に向かって囁くだけで、瞬時に彼のこめかみに青く太い血管の筋を浮かべさせる。ほとんど反射ではないかという速度でとんでくる鉄拳。

「無意味にノミの名前なんか呼んでんじゃねえよ、戌井」

わあ素敵な怒気殺気。避けきれなかった拳圧が髪を何本か持って行った。
平和島静雄をもってして、広い世界の中で唯一天敵の肩書を宛てられる男の名前。ついさっきまで、いましがたまで、キスから派生してお互いムラムラしてシックスナインやろって話になって、俺は下で静雄さんの尻の穴舐めて指突っ込んで静雄さんの息荒くして、静雄さんは静雄さんで俺の息子を握ってべろ使って吸って、まあヨロシクやってたわけだ。スッキリしたところで、クッタリしたところで冒頭の台詞。お前ツメかてぇしあと弄りすぎと不満を述べていたところに、持ち出したその名前は情後の気恥ずかしい、けだるい空気も一気に掻き消した。
その劇的な変化はやっぱりね、と俺に思わせるには十分であり、俺は頬を殴られた訳でも無いのに無理矢理笑顔が痛くて強張った。無意味に、なんてあなたは言ったけど。

「気づかないんだね」

気づかなくていいからさ、とは言えなかったのは俺が未熟な証拠だろうか。何の話だと一瞬面食らった顔をした静雄さん。アハハ。ごめんね。人の殺し方は知ってんだけども俺どうやら素直な媚び方はうまくねえみたい。実は結構あまのじゃくのようです。
気づいてほしいよ。俺に一番の反応してほしいよ、アンタの素を見せてほしいよ。どんな感情からでもいいから、俺をアンタの唯一の人間にしてくれよ。

「嫉妬してんだ」

正解を言ってみてもアンタは気づかないよね。ホラ。その身体に触ることを許してくれたって、いつだって俺はビビってるんだよ。気づいてないんだろこれも。アンタにとっちゃ俺なんていつもいつもいつまでも足元にじゃれる犬一匹なんだろ。島より橋より広い世界をお前は知ってんだろうに。死ねよ鈍感。
嘘いっそ殺してくれ。こんなの戌井隼人じゃねえから狂犬形無しなんだよね俺を俺らしく殺してくれ。
頼むよ喧嘩人形。

「俺はアンタに俺を愛してほしいんだよ」

本当はそれを渇望しているくせに怯えた俺には彼の顔がみれなくて、目を覆ってしまった。静雄さんは今どんな表情で俺を見ているの。知りたくなくて、生温い液体が流れる頬を彼から隠した。
右手からは、静雄さんの精子のにおいがした。

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