やどる

狗木ちゃんを好きだと言うのは我ながらナルシシズムに過ぎるなと、いわゆる本能という奴で(割とその感情に気づいた初期の頃から)誰彼構わず吹聴することに歯止めをかけていた。一日一食カロリーメイトだけで生きてんじゃないのまさかと心配になるくらいガリガリに痩せ働き盛りの成人男性のくせに基本的に覇気の無いひたすら主人に盲目的な犬が好きですというだけで色々間違っている気がする上に、鏡に映る自分に欲情しました盛りましたじゃ、あまりにも痛すぎる俺が。痛々しいというよりそのものずばりに、痛い。俺が。可哀相。俺が。だから俺戌井隼人は狗木誠一のことを結構好きで好きで堪らないながらも、決してその想いは本人を含め誰にも告げまいと固く固く心に誓ったのだ健気ー。
とはいえ狗木ちゃんが成人男性であるということは同時に俺もそうであるというわけで(むしろ年上だ俺)、眠いやら腹減ったやら考えるのと同じ頻度でムラッとするのです。つーか竹さんとこのラーメン屋以外での食事や睡眠なら3日3晩飲まず食わずだろうとさして問題ないんだけどいやいやしかしそんな俺の鋼の精神でも性欲ってのはもうどーしようもないもんなんじゃないの、ほんとに。逆に。極に。
んでムラムラムラムラやばい狗木と同じ空気吸いたくないいっそ消えたいそうだ本土に行こうという訳で島と橋を渡った俺はダーツで決めた目的地池袋の地を踏んだわけだ。

「そしたら金髪・グラサン・バーテン服で長身、なだけでぱっと見ひょろひょろの体格のにーちゃんが人ひとりを空き缶をごみ箱に放るような手軽さでぶん投げてた現場に遭遇したのさ。はじめ、えっ映画じゃねこれえっまじですか俺ついに映画デビューですかエキストラ→スタント→タレント→ハリウッドみたいなシンデレラストーリー乗っちゃうわけですかと思って、キョロキョロとカメラを探したのだが見当たらず。うえーなんなのこの街はとかツボって聞き込みしまくって平和島静雄の名前聞いて、まあ今に至ってるってんだけど」
「なんでクギチャンにしとかなかった」
「あのね。オナニーってむなしいわけよ。わかるでしょ」
「オナニーにゃならねえだろ。結局他人なんだろうが」
「あー、それに関しては絶対静雄サンとにゃわかりあえねーよ。悪いけど本当のところではギタ、・・・島の人間でさえ理解出来てないんだ。当人同士は言葉もいらないくらいわかってんだけど。・・・うん、俺と狗木にしかわからないな」

お前なんでこの街に来たんだと聞かれたので、後半はちょっと真面目に考えてみて、それを言葉にしてそのまま静雄さんに伝えると、かすかに眉をひそめそーかよと枕を顔面に向けバゥチンッと放ってきた静雄さん。枕と皮膚が接触しても本来鳴るはずもない音色に本気で鼻がもげるかと思ったけど、嫉妬されてるんだなあこれと気づいてえへへふにゃっと笑えてしまう。あーうんピロートークにすればムカつく内容しちゃったよねー余韻に浸ってる時に他の子の話なんかされたらそら嫌だよねーと。
やべえなーデレデレじゃねー俺。23歳男性が拗ねてもキモいよとか思わない俺がキモいよー。愛の与え方も受け取り方も満足に知らないからどう嫉妬すればいいのかもわからない静雄さんにやり方を教えたいとか思った俺はキモいですよーっ。
でも俺は静雄さんに対しては標準装備でドSだからなんにも知らないフリでなんの弁解もしてやらずさもあなたの身体だけが目当てなのですとばかりにそっぽを向いた静雄さんの顎を掴んで唾液を流し入れることを目的としたかのようなクッソ濃厚な激ちゅーをくらわしてやった。思ったんだけど、俺狗木ちゃんにしてもこの人にしてもいじめたいと思うのはそりゃもう普段ゼロな表情をしてる奴らの歪む顔を見てみたいからな訳よ。歪めたい訳よ。口の端からたらりと溢れたよだれがシーツにぷるんと池を作って、それを契機に静雄さんの上半身に乗り上げていた俺は彼の正拳突きが鳩尾を襲わないうちに離れる。

「狂った犬は自らをも殺す。俺は狗木ちゃんを殺しそうなの。つーか殺してえの。でもね静雄さん、飼い主にだけは噛み付かないことにしたのさ、俺。だから安心してね」

静雄さんは俺の欲の塊の唾液は飲み込んでくれず、横を向くとおえっと全部吐き出した。てらてら光る唇がエロいよ、どうしよう。下からの蔑むような視線が俺を煽る。
だから静雄さん好きだよ。

「死んでいいよ、駄犬が」

静雄さんの手にかかると西も東もなく狂犬もただの馬鹿犬にされてしまうようだ。皆等しく平等でだからすごく平和だね。駄犬駄犬いっときながら全っ然捨てる気配みせないしそれどころか犬同士のじゃれあいにほんの少し嫌そうな顔さえしてみせるあなたが堪らないよ。死ねなんて言ってほんとに俺を殺しちゃったら静雄さんは泣くだけでは済まないんだ。刑務所とかそんなはなしではなく、きっとこんな戸籍も無いような犬のために罪の意識に苛まれて苛まれてしまうに決まってる。

「じゃ、俺が死んだら庭の隅にでもお墓作ってよ」

わかっててそんなことを言う俺にそれがわからない静雄さんはちょっと黙って、それから庭なんかこのボロアパートにゃねえよと呟いた。わずかな沈黙の意味を俺は理解できたつもりだよ。
ねえどうやら俺は、本当の話であなたを愛してるっぽいんだ静雄さん。
帰巣本能はこの街に傾きそうで、ちょっと困るくらいに。

「あーあ」

戻りたくねえな。ずっと居てえな。
心から思った。

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