ぱちゃぱちゃ

馬鹿犬が唄ってる。身体を洗うボディソープの泡まみれの腕、ピアス代わりの安全ピンが外された穴だらけの耳に上機嫌な横顔、鼻歌で奏でられるのはビギンの「島唄」。
センス超謎。
いやいいんだけど、しかしそれが鼻歌のくせに妙に上手くて腹が立つ。沖縄の高低激しいJポップを見事にそらんじる男の嫌味さは推して知るべし。カラオケとかに行ったら進んでマイク握りそうだ。デュエットやってもハモりとか綺麗にこなしちゃうんだよなこういう奴、きっと器用なんだろう。カラオケで唄うのも風呂場で唄うのも男の尻の穴掘るのも銃を撃つのもオテノモノ、なんだろう。加えて女受けするには悪くない器量なのになんで選んだのが俺なのか。まったくもって理解しがたい。まあ他人の考えもわからないのに、犬の考えなんざわかるわけがないのだが。到底俺にはブリーダーにはなれやしない。
戌井にシモの意味でやられたのは二度目だ。丁寧とも執拗ともとれる愛撫と囁きに抵抗する気も失せた。許可と容認の理由はただの諦めなのでマグロ上等、で散々好きなようにさせてやっていたらいつの間にか寝入ってしまっていたらしく、気がついた時には俺はもう我が家の2メートル四方ほどのバスルームの湯舟に押し込まれていた。湯舟の大きさは1立方メートル。
溺れないようにと戌井が気を遣ってくれたのか半身浴くらいの暈しかない湯だが、俺に言わせればこちらを慮る気概があるならこの尻の鈍痛をどうにかしてほしいものだった。女ってすげーよ。尊敬するよ。母ちゃんありがとう。幽ともども今度家帰った時肩の一つでも揉ませてくれ。
「・・・静雄サン?」
不意に鼻歌が途切れた、と思ったら戌井のカラコン外した日本人の色の瞳が俺の顔を覗き込んできてた。気怠いままにゆるゆると瞼を上げてそれを確認した俺に、鼻先を寄せてくる。ちけーし。いつものことだけど。
「のぼせた?」
「あー・・・かも」
「顔真っピンクよ。ちょー美味そうな色」
桃とでも勘違いされたのか頬に歯の感触。うまくねーだろ、とだらだら汗流しながら尋ねたらそうでもない、ときた。ゲテモノ喰いの意見なんかどうでもいいが、俺を襲うめまいは本物だった。目が眩む。
「よっ、と」
戌井が洗面器に湯を張って頭からかぶり、シャワーのコックを締めてから足を持ち上げた。
「・・・入って来る気かよ」
「入れさせてよ」
「せめーよ」
「引っ付きゃあ入れるって」
くらくらする視界に愛想が尽き目を閉じる。戌井の筋肉に覆われた細身の身体が絡み付いてくる。ざぱーん。二人分の体重で湯が溢れる。とろとろと溢れる。喉が渇いた。喉が渇いた。
「静雄クン。俺のこと好き?」
戌井が雀の涙ほどの湯の中で俺の身体を洗う。246円のボディソープの香りが俺を包んでる。脱水症状か、眠くなってきた。臀部の痛みもどうでもよくなってきた俺の向こうで風呂場の照明にオレンジ色に染まった戌井の目が色づいている。揺れてる。
「・・・返事もくれねえし」
こりゃ厄介な相手に惚れちまった、戌井の声が浴室に篭った。
眠い。

[ 11/33 ]


[戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -