ペアルッキング

犬が俺の服を着ていた。サイズを教えた覚えもないのに縦横ピッタリサイズの幽に貰ったバーテン服を断りもなく身に纏っていた戌井を起きぬけに見た瞬間俺は寝たまま奴の腹に膝を突っ込んだ。掛け布団で多少は衝撃が軽減されたのだろうが戌井は膝から崩れ俺の上へかぶさってきた。
「げっ、げふげふっ」
「誰の許可を得てそれ着てんだよ。第一今日は土曜日でそれは水曜日の服だ」
俺の布団のうえでえずきうずくまる戌井の耳に寝起きの悪さも手伝って殺気立った声を低く流し込むと、戌井が「エロ声でささやくな、よ・・・」と涙目で見つめてきた。蹴りつけた俺が言うのもなんだが戌井が吐くのを我慢してくれて助かった。ゲロまみれのバーテン服を洗うのは勘弁だ。俺の服なんでね。
「脱げよ。お前とペアルックなんざ終わってる」
「・・・いーやー。似合うっしょ?」
弟が大量に送りつけてきたバーテン服は週間ローテーションしても尚余り、パジャマがわりにもしている俺の格好と戌井の服装は現在寸分の狂いもなく一緒だった。似合うもくそも不快なだけである。なまじ俺と奴の体格にもあまり違和感がなく、それに加えて余程着こなしがうまいのか、数センチある彼我の背の高さも気にはならなかった。それがまた俺の沸騰を加速させる。噎せる羽目になったというのに懲りずに戌井は顎に垂れていた胃液交じりのよだれをふきながら続ける。いい笑顔。
「ハンサムだろ?」
「知るか」
「抱かれたくならねえ?」
「死んでほしくなった」
百均で購入した絡まないという謡い文句の蛍光色のゴムで後ろで虹色の髪を束ねていた戌井。見る目に優しくない。ピアスがわりの安全ピンが露出している。別にカラコン入れたり髪を頭のおかしい色に染めたり安全ピン刺したり、そんなことせずとも戌井の顔ならばそこそこ周りの目を惹くだろうに奇異なことである。その上バーテン服なんて限られた場所でしか本来使われることのないアイテムをプラスするとかどういう神経をしているのだろう。遊馬崎、狩沢両名の影響でどこのコスプレ野郎だという印象しか俺は持てない。

コスプレ野郎はピッと人差し指を布団から半身起こしただけの俺の目の前に立てた。
「仕事も休みなお前は今日外出しないこと」
赤と青の両目が俺の姿を写していた。
「は? 勝手に決めんなよ、コンビニいきてえんだけど」
「何買うの」
「剃刀とビールとツマミ」
「俺が買ってくるから」
「意味が不明だ。その格好でか」
「『池袋』の『バーテン服』の『若い男』」
言葉と同時に戌井の中指、薬指、小指が伸びた。
その文節一つ一つには心当たりしかない俺はその指達を見る。指紋までがくっきり見えるほど近い。視線を戌井の顔に合わせる。
「それが?」
「昨日散歩したときに小耳に挟んだんだけど、狙われてるんだって?」
「んあ?」
一気に心当たりがなくなり俺は鼻から声を出す。こんなに平和に生きている一市民が一体誰に狙われてるというのか。そんで戌井の情報網も謎である。どこを散歩先に据えれば俺が狙われるだなんて話を聞くことが出来るのかという。埼玉ですと答えが返ってきた。こいつの散歩範囲って。
なあ、と戌井が俺の膝あたりに乗ったまま俺に声をかける。
「お前さー、暴走族と喧嘩した?」
「覚えてねえ」
「・・・喧嘩相手くらい覚えとけよ・・・」
「喧嘩なんかしたことねーよ」
「えええ・・・?」
「世の中の辞書じゃ正当防衛は喧嘩に入るのか」
肩をすくめる戌井。とにかく、と続ける。
「今日は外出しないよーに」
「なんでそんな指図うけなきゃならねえ」
「これでもわんぱく坊主共の相手は得意な方でね。チャカの力は島よりも海の上よりもこっちの方が強いだろうし」
今日一日であらかた手は打てるから、と。
銃って何。
戌井の俺の知らない過去が少し明るみになった気がしたがそれよりもなんでそこまでこいつがやるんだという素朴なあれが。だってそうだろう、こいつは俺のボディーガードじゃねえ。

「お前の力は知ってるけど、万が一にもお前いなくなるの困るし」

女の子に言われるときゅんとするセリフも人の服を不当に窃盗した男が言うと可愛くない。
重ねて言えば、守ってもらうとかは、そういう女の子に向ければいいと思うのだ。畑違いな口説き文句。俺はこいつの中でこいつよりも弱いのか。
しかしながらこのままだと本当に外出できなくなりそうだ。別にたいした用でもないし確かに戌井に買ってきてもらえば済むのだが、居候にあれこれ命令されるのを嬉しいとは思わない。さてどうしたものか。
「・・・あ」
思い出すことがあって俺は枕元で充電してたケータイを取り出し、新着メールを読む。返信する。
「はい解決」
「は?」
「『埼玉』の『暴走族』の頭の知り合いがいる」
戌井風に指を立ててみる。気持ちいいなこれ。
あいつの前で携帯を見せた覚えはないのにいつの間にか登録されていたメアド、教えた覚えもないのにこちらのも知られているらしい。モテ男の手腕という奴を見せてくれたそいつのチームとは一応和解したはずだったので、意識は全くないものの違うところの恨み、を買ったのだろうが、こいつは名の通った、と門田に言わせるだけの仕事はしてくれるだろう。事実寝てる内に数件着ていた新着メールには「なんとかっていうところが近々あんたボコるつもりらしい。潰しとく?」と書かれており情報通であることを証明してくれたので、俺は「頼む」とたったそれだけを返せばよかった。
んでどうせ知らない間に買っていた恨みというやつは虫に関わりがあるんじゃないかと直感している。あの虫、冬なんだからさっさと死滅すりゃいいのに。
戌井が不服そうな声を俺に乗っかったままあげる。
「・・・お前のナイトっていっぱいいるのね」
「気持ち悪いこと言うな。無駄になったんならその服脱げよ。シワになる」
「・・・ペアルックデートしねえ?」
「しねぇ」
戌井をどかし、寝巻き用のバーテン服から土曜日用のバーテン服に着替える俺を、戌井は情けない顔で見ていた。

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