どこまでもついていくわ

巷にごそりとあふれかえった軋んだ色の金髪は、しかし他と埋没することはなくどこにいても俺は容易に彼を発見することができる。ストーカー歴1年ちょっとですからね、彼の体臭までこの鼻孔にしみついてますぜなにせワタクシ犬ですから。
タバコ税値上げのご時世にもめげず紫煙をたなびかせ、通行人がまばらな道を、長い足で歩く彼に静雄さん、と呼び掛けて5階から飛び降り彼の前に着地する。そんな俺を静雄さんは、戌井、と呼ぶ。ちょっと嫌そうな顔がまたセクシー。彼は家の中以外で会うとき、いつもこんな冷たい顔をする、のくせに本人に自覚は無く、そこを指摘するとお前の気のせいだ俺はいつもとおんなじだなどと言う。いえいえ当社比3.5で冷然となされておりますって、ただ俺はどっちの彼も好きだから問題無いんだけど。
静雄さんはシータの如く空から降ってきた俺の二本の足を慮らない。勿論パズーのように受け止めてもくれない。静雄さんなら5階建てのビルから落ちてきた人間だろうとキャッチできそうなもんだけどそんなことをされてしまうと俺のほうが受け認定されてしまいそうだからそれも別にいいや。まあ着地が上手なのは犬じゃなくて猫なんだけど、自分も我流パルクールなんて離れ業を習得している故か、静雄さんはあまり他人がそれと似たことをやっても感動は薄いようだ。サーカスに行っても楽しめないんじゃないのかこの人と他人事ながら心配になる反面、どっかのプロレスラーだったかには素直に尊敬を向けるんだから不自然な人だ。ちなみに褒め言葉ね。
天下の喧嘩人形の象徴たる金髪とバーテン服を見て、ただでさえまばらな通行人達は目を合わせないようにして道の端を足早に去ってゆく。七色髪のジャージよりも危険シグナル扱いされる彼が好き。

「今帰り? だよね田中さん、居ないし」
「まあな」
「今日はすき焼きよォん」
「ザルうどんの気分だ」
「やぁん、うどんなら買ってあるから鍋ん中突っ込んじゃえばいいじゃん。ダシが染みてうっめぇぞー」

何度目の表現だと言われそうだが基本的に静雄さんは俺やらに対してつれない。ちーちゃんにはデレるくせに田中さんにはデレデレのくせに幽平にはデロデロのくせに、俺にはつれない。流石に折原臨也よりは心を御開帳くださっているように思えるが、門田と比べられると微妙。岸谷医師とはどうだろうか。首無しライダーには負けてそうだ。
だから何? 俺はあんたが好きで同棲にまでこぎつけたんだぜ。あんたの寝顔を知ってる奴なんて貴重じゃねえ?
静雄さんの緩めない歩調が好き。そのあとをテコテコ付いて行くのが好き。暮らし始めた最初はそれこそパルクールで逃げようとしてたときもあったけど、一般人のくせしてスタントマンのような動きを見せてくれることに更なる感激しつつ民家の屋根を足蹴にし後をつけていったら彼は撒くのを諦めた。ていうかこっちは割と当初から彼の家を知っていたのに、撒いてどうする気だったんだろう。どっちみちゴールは決まっているのに。当人からめちゃくちゃ拒否されたくらいではまるきり良心など痛まない俺のしつこさを侮っていたとしか思えないのだが。

「・・・静雄さんって、俺と歩くの嫌がってる?」

二、三歩後ろから見る、彼の背中が好き。
どうせ俺は犬。散歩じゃ飼い主を先導する役。どうやら俺は変わり種で、後ろから追い掛けるほうが好きなタチにしても、しかし元から一緒に歩く気なんかない。彼に投げ掛けたのは誹謗ではなく感謝ですらある。
静雄さんは振り向かず答える。カッコイ。

「目立つのは嫌いだ」
「俺目に痛いほど外見のキャラ立ってるしね。静雄さん人のこと言えないけど」
「それにお前は、隣でなかろうと俺が振り返らなかろうと、ちゃんとついてくんだろ」
「―――」

尻尾揺らしながら、と。
そうだね、と答えるしかないようなことをきっとなんとも思っていない顔をして彼は言ったのだろう。嘲るのではなく慈しむのでもなく、事実を事実として。
そうだね。
あなたに厭われようとなんだろうと俺はアンタが気に入っちゃったんだもの。一時の飼い主と見定めちゃったんだもの。
静雄さんの言葉は嘲りでも慈しみでもないのに、・・・涙が出た。緩い。静雄さんのケツはきつくてお互い大変だけど、俺の涙腺は緩かった。俺実は結構この人の前で泣いてないか。泣かせる予定が逆に、こっちが泣かされてないか。
そういえば今日、俺こんな目立つ登場をしてみたが殴られていない。飯を食わないとは言われてない。ついて来るなとも、言われない。牽制のための形式のものさえ、彼は口にして来なかった。イヌイ。開口一番は忌避の言葉ではなく俺の名前だった。俺にはデレないくせに。何、俺が鈍感なだけだとか馬鹿なこと言わないでね? どこまでだってついて行くよ、俺の身体能力なめんなよ。俺を置いて行かないように足を撃つなんてヤンデレ発言しねえから。あんたの長いコンパス最大限利用した大股な歩行好きだから。
そんなごちゃごちゃを考えると、涙が。
それは結局、この人の中で俺は存在を認められてるんだなあってことからのものだったんだけど。

カッコイイ静雄さんに釣り合うために、そんなカッコワルイ事は言わず、振り返るなよ振り返るなよと思いながら、声を殺して泣き続けた。

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