ご主人様は僕のもの

虹色の、けったいな髪型をした(およそ青年と思われる年格好の)男が静雄の後ろをチョロチョロしていた。仕事帰りに見かけた高校時代の旧友に静雄、と声をかけようとしてためらったのは長身越しに発見した、どうにも見覚えのないその人影を不思議に思ったからだ。
ありゃ誰だ、と。
問い掛ければ答える努力をしてくれる狩沢や遊馬崎達と合流する前なので、問うたところで誰からも返事はないことはわかっていたのだが、呟かずには要られなかった。どこぞの情報屋ほどではないにしても、割に情報通を自負している俺が、あんな目立つ外見をしているにもかかわらずその青年を知らないということは、つい最近この街に越してきたかした奴なのだろうか。それにしては、随分と静雄に懐いているようだが。
池袋というこの街には色んな人種が居るし、その中にはチラホラと、どこでそんな服買ったんだと問いただしたくなるような奴もいるのだが、そんな中でも鮮やかな虹色は明らかに浮いていた(浮かいでか)。顔を見た限り俺や静雄よりも年下のようだったがその左右の瞳は赤と青で、許されるなら初対面だろうと、本当にどうしたんだお前と問いただしたくなる代物である。
まあ一人一人が自己のある人間であることを鑑みればどんな格好をしていたところで真っ裸でもない限り一応犯罪ではないし、青年がストーカー(してるようにしか見えない)静雄だって、金髪にバーテン服という些か目立つ格好をしている。二人は俺だけじゃない、街の通行人ほぼ全てからものすごく注目の的だった。素直な街人達である。
ジャージ姿な細身の青年は俺達部外者の視界の中、満面の笑みで静雄の後をついてまわり、しきりに何かをしゃべりかけているようだった。が池袋でその名を轟かせる静雄は、そんな青年の存在が見えない何も聞こえないといった表情で、モーゼのように自動的に拓く人の波の中、スタスタスタスタと長い足を前へ前へ。しかし青年は全くめげた様子なく、何がそんなに楽しいのか傍目にはよくわからないくらいにっこにっこしていた。
犬のようだ、とその青年を見て思ったのは何も俺だけではあるまい。狩沢十八番の擬人化ならぬ擬獣化をすれば、きっと尻尾をちぎれそうなほどにブンブンに振り回しているのではないか。そう思えるほどに幸せそうな顔をしていた。
しかし何よりびっくりしたのは、静雄が。
あの平和島静雄が、決して愉快そうな態度ではないのに、振り返って青年を殴り付ける気配さえないということだった。イライラしているようにしか見えないのにキレる様子はなく、タバコのフィルターを噛み締め、全力で青年の存在を無視するかの如く脇目も振らず歩いている。
怒りに任せて暴力を振るっていない。かといって、無視はしているが、苦手な我慢に我慢を重ねて無理にじっと耐えている、苛立ちを堪えているというわけですらもなさそうだ。我慢しているのではなく、殴るほどではないから苛立っても黙ってる無視している、というのが静雄の真意として一番妥当に見える。どうしてだろう。
高校時代、なし崩しに静雄の存在を知った。関わらずにいるには、奴はあまりにも目立ちすぎた。関わったからといって別にベタベタするほど仲良くはなかったが、廊下ですれ違って挨拶をするほどの仲にはなったつもりだ(返事はあったりなかったりだったが)。
しかし、だからこそ知っている。高校3年間と卒業後の数年間、静雄の天敵である情報屋とのいざこざに巻き込まれたこともあって、俺は俺なりに、それなりに静雄のことを知っているつもりだ。知っているのだ。
静雄の前で何をしても許されるのは、究極には彼の弟である羽島幽平しかいないことを。
静雄が気を許している田中トム、六条千景だって、それは彼らが接し方を弁えているからこそだ。
そして。
俺も。
俺は静雄の特別ではない。
彼は静雄の特別なのだろうか。
だって、どうしてキレねえんだろう。
どうして、黙って傍に置いてんだろう。
最近、越してきたばかりのような奴を。

「静雄」

二人に見入りいつの間にか立ち止まっていた俺の声など人混みに遮られ、遠く離れた静雄には聞こえないことを承知で。小さく舌の上に載せた。
やはり聞こえなかったのだろう。静雄は振り返らなかった。
期待していなかっただけに落胆もしなかった。俺はただ静雄の金髪の軌跡を眺めていた。

振り返ったのは、静雄ではなく虹色の青年だった。

静雄の後をついてまわり、楽しそうに話し掛けていた時とはまるで別人のようだった。笑顔がないだけでこうも様変わりするものなのかと、背筋に冷たいものが走るほどに。
俺と彼との間に入れ代わり立ち代わり立ち込める通行人の隙間を縫って、その冷然で酷白そうな赤と青の瞳でもって、彼は俺をまっすぐに見つめていた。殺気ですらない。極限の敵意。
その口が動く。犬歯が見えた。

ざーんねんでーしたーあ。
この人もらうよー。

怒気を煽るだろう口の端にちょっとだけ浮かべられた笑顔に、俺は怒りは浮かばず、それどころか何故か代わりに優越感が押し寄せてきた。なんだ、と安心してしまった(いや、安心って何様だ俺)。
どうやらあの青年は俺をライバルかなんかだと勘違いしてくれたらしい。それはおかしい。俺は静雄の恋人ではないしそれになろうなんて気概を一度たりとも持ったことはない、持つ気もない。
俺は幽平やトム氏や千景とは違う。俺は門田京平だ。俺は静雄の、ただの友人で結構なのだ。
せいぜい勘違いしてくれたらいい。俺は俺が静雄の友人であることを脅かさない相手に基本的に敵意はないので、今度あの青年と静雄と一緒に露西亜寿司にでも行ってやっても構わないほどである。それにしても。

本当に犬のようだなと思った。
聴覚が鋭く、主人に一途で嫉妬深いところなんかが特に。

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