「わぁ…!」
ふわり…
舞い降りてきた最初の雪を掌に受けながらヒナタが嬉しそうな声をあげた。
「む…」
「おっ?ついに降ってきやがったな」
シノとキバもつられて顔をあげる。
「良かったね!赤丸くん」
ヒナタがキバの足元にいる赤丸に笑いかけると、
「わん!わん!」
赤丸もさっと立ち上がって嬉しそうに勢いよく尻尾を振る。
そろそろ老犬と言っていい赤丸はもう雪にはしゃいだりはしなくなって久しいのだが、ヒナタの中の「赤丸くんは雪が大好き」というイメージを壊すまいと思ってなのだろう、相棒の気遣いにキバもふっと微笑む。
ちらり…ちらり…と降り始めた雪を嬉しそうに追うヒナタを見守りながら、
「ちょーど日付が変わった瞬間にだなんて、雪も心得てるっつーかよ」
「…全くだ」
ぼそぼそと言葉を交わす。
あの長い黒髪も、防寒のために身につけたコートから覗く細く白い手首も、見馴れているはずなのに。
「…なんかよ、ヒナタのヤツ、いつもよりはしゃぎすぎじゃね?」
苦笑いしながら顎を撫でるキバのそこにはもう髭が生えていて、
「む…そう見えなくもない…とも言えるな…」
変わらぬ言い回しに呆れて振り返れば、もうフードを被っていないシノがサングラスを煌かせていて。
大人になり始めた自分達を思い知る。
「まー、しかし、この極寒に外での、しかも夜通しの任務たぁ、六代目サマもなかなかハードな任務言ってくれちゃうよなぁ」
キバのこれは愚痴ではなく、
「致し方あるまい…何故なら…我々が適任且つ優秀すぎるからに他ならないからだ」
持って回った言い方をしつつシノもどこか嬉しそうであり。
久しぶりの八班での任務にヒナタは自分がいつもより気持ちが弾んでいることを自覚しながら、
「ねぇ…覚えてる…?」
二人と一匹に微笑み掛けた。
「中忍試験の後だったよね…私の誕生日に…」
「んあ?雪玉のことか?」
「ふふっ」
キバはそっけなく答えるが、ヒナタは嬉しそうに、
「ちゃあんと中にプレゼント、入ってたよ?」
そう言ってはにかむように小首を傾げた。
あんな大きなお屋敷に暮らしているのに誕生日も一人きりで過ごしているらしいと紅に聞いてしまえば居ても立ってもいられなくなってしまって、キバとシノはありったけの知恵を絞って…小さな…もう思い出せないが、女の子が喜びそうな小さなものを何か二人で出しあって買い求め、ヒナタに贈ろうと家の前まで来たものの。
日暮れも早い真冬だからか日向邸の門が閉じられるのも早く、どうしても中に入れないと悟った二人は、プレゼントを入れた雪玉を作りヒナタの部屋に目掛けて投げたのだ。
「二人からの…初めてのプレゼントだもの…ちゃあんと大事に取ってるよ…」
まるでそこに持っているかのように大事そうに両手を合わせてヒナタが囁くように呟く。
それがきっかけとなってお互い誕生日を祝いあってきた。
プレゼントを買う暇がなくて代わりにご飯をおごることもあったけど、これまで欠かさず祝いあって来た。
ことにヒナタの誕生日には…
「ヒナタ」
「?なぁに?」
慎ましやかな微笑みはいつもと変わらない。そして、
「誕生日おめでとう」
「おめでとう」
「えっ?」
「何故ならば」
「ついさっき日付が変わったぜ」
「そうなんだ!…ありがとう…」
いつものように、誰よりも先に「おめでとう」を贈る。
ささやかな特権だったはずの習慣ももう…
「…来やがったな…」
「うむ…気配を隠す様子すらないな…何故ならば…」
ヒナタの穏やかな微笑みが喜びに弾ける瞬間を、楽しみに、そしてわずかに苦々しく思いながら。
ヒナタだけが彼を特別だと想っていた長い時間、いつの間にかヤツもヒナタを特別に想っていた。そのことに気づいたのは本人よりも自分たちのほうが先だという自負がある。
あるけれど…
「ーーー!」
「…ケッ」
思わず毒づくキバにシノが納得の視線を送る。
雪が舞う。
曇る夜空の奥に輝いているであろう月が、落ちてくるかと思われたのはわずか数日前。
「ーーー!ヒーナターーー…」
月の宮殿からヒナタを、自分だけの姫を連れ戻してきた忍界の英雄が、愛しい彼女の名を呼びながら走ってくる。
「おー、おー、頑張ってやってくんぜ」
「可哀想に…」
これからは。ヒナタに一番先に「おめでとう」を言うのは自分達じゃない。
遠からず、いやもしかしたら呆れるほど早く、きっと求婚するのではないかという予感がある。
そうなったら、ヒナタにおめでとうを真っ先に言うのはこれからはナルトの役目になる。だから、
「もーすでにオレたちが先を越してるって知ったらよ」
「きっと嘆くだろう…いや、嘆くがいい…」
バタバタと賑やかに駆けてくるナルトを迎えるためにヒナタがこちらに背を向けたこの隙に、キバとシノは思いきりナルトに向かって挑発するようなドヤ顔をしてみせた。
『貴重な貴重な恋人時代の誕生日にさ、オレがいっちばんにヒナタにおめでとうを言おうとめちゃくちゃ走って向かってったってのによォ…』
ナルトが今日のことを思い出す度に地団駄を踏むだろう姿を想像すると笑いが止まらない。嬉しいのにどこか淋しい複雑なこの気持ちは、
「そのくらいの権利は…あるよな」
「無論だ、何故ならば…」
このくらいしてやんねーと気が収まんねーんだからな!
と、ほくそ笑む二人なのだった。