おめでとうを言わせて
「ナルトくん…ちょっといいかな…」
少し困ったように首をかしげながらヒナタがおずおずと切り出してきたのは10月に入ってすぐのこと。
10日、皆のお墓参りを済ませたあと日向の屋敷に寄りたいと言うのだ。それを聞いてナルトは密かに息を飲んだ。
日向の屋敷…日向宗家の屋敷に…10月10日に…それってまさか…
きゅるーっと音をたててお腹が痛くなっていくような気がする。
ナルトは春先に行われた日向での自分たちの結婚披露宴を思い出していた。
日向宗家であるヒナタたちの屋敷に日向一族だけが集い、厳格なる席次があり、厳粛たる式次第があり…主賓だったにもかかわらず、「今思い出してもヘンな汗が出てお腹が痛くなる」と何度でも言えるほど、ナルトには居心地の悪い堅苦しい宴席だった。
ショックだったのはヒナタもハナビもさして窮屈そうでもなく、そしてヒアシが「日向宗家」としてハッキリと崇め奉られていたように見えたことだった。
『親子だってーのに…こんなに遠いなんて…』
席次が近くとも宗家は別格。ナルトはヒナタの子供の頃を想像して暗くなってしまいそうだったことまで思い出した。
しかし、それでもあれは一応めでたい席ではあったのだ。
10月10日ならばもしかして…日向一族で戦没者を悼むとかなんとかの…それはそれは暗〜い、重た〜い、そんでそんで…
タラリ…
早くも脂汗が滲み出そうだと奥歯を噛み締めかけたところでやっと、返事を待って不安そうにしているヒナタに気づき、
「オ、オウ。わあった、行く。行こうな!」
慌ててニカッと笑ってヒナタの不安を取り除こうとそっと抱き寄せたのだった。
同期たちからはあらかじめ「お前の誕生日会は11日だからな!」と言われている。なんとか乗りきれば次の日は気楽で楽しいばっかりの飲み会だ。そう思いながらヒナタの髪を撫でてやっていたナルトはふと自分の胸に身を預けながらもきっとまだ少し困ったような顔をしているだろう妻を思いやった。
自分のせいで日向のあれこれに巻き込んで本当に申し訳ない…ヒナタはそんな風に考えてしまう性格だ。
「お参りは二人でだろ?」
そっと顔を覗きこむと、やはりわずかに眉を寄せた顔で見上げてくる。
「んじゃやっぱ、その後ヒアシのとーちゃんとハナビに挨拶に行かなきゃだよな」
「ナルトくん…」
「んーん?」
額にわざと音をたてて短い口づけを落とすとたちまち赤く染まるヒナタの頬をするる…と撫でてやる。
「結婚したんだもんな。結婚てそゆことでもあんだ、遠慮すんなよ、ヒナタ…」
愛してる…そう告げる代わりにぎゅうっと抱き締めたのだった。
しかし、しかしだ。
『やべー…お腹…壊しそう…』
当日、日向邸に向かう道すがらやはりそっとお腹を撫でてしまうが、
『はぁ?んなことで壊すほどテメーヤワじゃねぇだろーがよ』
普段呼び掛けてもなかなか出てきやしないくせに、やけにさくっと九喇嘛から返事がきた。
ふぐー!と殴ってやりたい衝動に駆られるが今はそんなことをしている場合ではない。
「ナルトくん?」
「あっ、いや、今九喇嘛のヤツがよォ…」
『アア?!ワシのせいにしてんじゃねーよ』
だ・か・ら!!
道端で自分のお腹を睨み付けながら拳を振り上げかけているナルトを見て、ヒナタがくすり…と笑った。
「あ…ッ…ごめ…」
「ううん」
ふふふ、と笑うヒナタが可愛くて、ナルトはあっけなくだらしない顔になってしまう。
「急ごうか」
「えっ?」
「…みんな待ってんだろ?」
「……!」
ヒナタがほんのりと嬉しそうな顔になったのを見てナルトはすっぱりと気持ちを切り替えて、せかせかと足を早めた。
どんな重たい気鬱な式典でも構わない。とにかく、今日はネジにもう一度日向式で手を合わせて、それから、
『ヒアシのとーちゃんに、ヒナタと結婚させてくれてありがとって言いてェな』
そう思う。
何度感謝してもし足りない。
『オレの家族…家族をありがと、って!』
言いたい!言わなきゃ!
弾む…とまではいかないが、それでも随分明るい気持ちで向かうことが出来た。
しかし、しかししかしだ!!
『やべー…怖ェ…やっぱ圧ハンパねェ…』
重たい門をくぐり、広い玄関を入り、長い廊下を歩いていると屋敷の広さに否応なしに緊張が高まってしまう。
『うー…頑張れ!オレ!…ヒナタのためだろ?!』
踏ん張ろうと精一杯自分を鼓舞する。
しっかし、この家ってばドコ連れてかれんだよってくらい広いんだよな…ぼんやりとそう思った頃、先導してくれていたヒナタが足を止めた。
『こ…ここか…』
ゴクリ…と喉が鳴る。
正直何度連れてこられても、ナルトにはこの屋敷のどこにどんな部屋があるか全く記憶できていなかった。辛うじてヒナタやハナビの自室が二階にあると覚えているだけで、一度お手洗いに立ったが最後、
『仙人モード…使えるようになっててホンットよかったってばよ…』
愛しい新妻のチャクラを辿らねばもとの部屋にすら戻れないという体たらく。
なので、てっきり先だって通された広間の入り口だと思い込んで、ヒナタがすうっ…と襖を開くのを見つめ丹田に力を込めて覚悟を決めたのだが…
「ハッピーバースデー!ナルト義兄さまー!!」
ハナビの甲高い声と共にパン!パン!という軽やかな音がして、色とりどりの細いリボンが目の前を飛び交った。
「はへ?!?!」
あっけにとられて固まっているナルトの腕を、ぐいぐいとハナビが引っ張った。
「もー!何してんの?!早く入って入って!」
「ほえ?!はへェエエエエ?!?!?」
アワアワとヒナタの方を振り向けば、堪えきれないという様子で笑っている。
「はい!主役はここね!」
ハナビに座らされてようやくナルトの目に飛び込んで来たのは、
そう広くない部屋に、四人で座るにはやや広いのでは?というくらいの卓。両脇にハナビと…ヒアシが居る。
「では…運んでもよろしいですか?」
「ええ、お願い」
廊下から細い声がしてヒナタの合図に襖が開くと、
「ほわァアア!!」
次々とご馳走が運び込まれてきた。
「う…ウマそー!」
麗しい器にチマチマと美しく盛り付けられてはいたが、ナルトにはあまりにもこぢんまりとし過ぎてさして魅力的にはうつらなかった披露宴の時のご馳走とはうって変わって、
大きな皿にどかん!どかん!と肉料理が盛られていて、ナルトは目を輝かせた。
「たくさん食べて!義兄さま!」
「お、オウ!ありがとな!」
「…ヒナタも早く座りなさい」
「はい…お父さま」
ご馳走を運んできてくれた人々が去ると、スッ…と襖が閉められヒナタも卓についた。
「それじゃあ!乾杯しよー!」
「んもう、今日はハナビが仕切るの?」
はしゃぎまわるハナビにヒナタも笑う。
「そうだよ!だって企画したの私だもん!」
エッヘン!と得意そうなハナビにヒアシも苦笑している。
「これって…あの…」
ぱちぱちと瞬きをしながらナルトがそうっとヒナタに問う。
ご馳走があって、ヒナタとハナビとヒアシしか居なくて、これから乾杯って、まさかまさか…
「んもう!だから垂れ幕を下げたかったのに〜」
「どこに下げるのだ?」
「画ビョウくらいいいでしょ?父さま」
「しかし、そんなわけには…」
「ナルトくん…」
わいわいと会話するハナビとヒアシをぼんやり見ていたナルトに、ヒナタがそっと声をかける。
「ケーキもあるから、お腹、あんまり一杯にしないでね?」
ふふふ…と嬉しそうに笑う。
「そんじゃ…これって…オレの誕生日会…」
「そうだよー!おめでとうー!義兄さま!」
「こら!ハナビ!乾杯は?」
「えへへ」
「ナルトくん」
ジュースの入ったグラスを持って、とヒナタが促す。
「オレの…誕生日会…」
うるっ…と目を潤ませたナルトにハナビが怯んでしまい、ヒアシがそっと声をかけた。
「家族だけなので…ささやかで済まんがな…」
穏やかに笑うヒアシにナルトは堪えきれず、ばたばたと涙を溢した。
「家族だけ…家族だけの…誕じょ…」
「…おめでとう、ナルトくん」
「あ…あり…ありがと…」
「ナルト義兄さま…」
つられるようにハナビも目を潤ませる。
「ありがとう!ありがとう、ハナビ!ありがとう、ヒアシのとーちゃん!ありがとう!」
ナルトがグラスをぐっと握って顔をあげて叫んだ。
「オレ!幸せだー!」
そう言ってわんわん泣き出してしまった。
「そんなの…こちらこそだよぅ…義兄さまー」
ハナビが鼻声でそう言って泣き笑いをしている。
「ナルトくん…泣かないで…」
目を赤くしたヒナタがナルトの隣に来て涙を拭ってやる。
娘たちと婿の様子にヒアシも目を細める。
「さあ、食べよう。今日のご馳走はナルト好みと聞いた。私も興味津々だ」
ヒアシがそう言って早速箸を手にした。
「オレ…唐揚げ…」
「はい」
ヒナタが慣れた手つきでナルトの皿に唐揚げと付け合わせの野菜を盛り付けていく。
「あの…今日…オレ…主役…」
「ダメです」
おずおずと申し出るナルトにヒナタが軽やかに言い切る。
「お肉を食べるならお野菜も、って約束だよね?ナルトくん」
「う…」
「大丈夫、ナルトくんの好きな酸っぱいお野菜だからね?」
二人のやり取りを見てハナビもヒアシも笑う。
「義兄さまのお陰なの」
ハナビがそっと言う。
「義兄さまだから、家族だけで誕生日会したい!って言えたの!義兄さまのキャラのお陰だよ〜」
生意気で快活な義妹は目をくるくるさせて笑う。
「君のお陰だ」
ヒアシもそっと言う。
「君だから…こんな賑やかな会が出来た。この日に…。感謝するよ…」
厳格なだけだと思っていた義父は言葉少なに様々な想いを含ませて穏やかに頬笑む。
『とーちゃん!かーちゃん!オレってば…新しい家族にもこんなに愛されてっから!安心してくれってばよ!!』
嬉しくて嬉しくて、ナルトは心のなかで亡き両親へ叫んだ。そして、
「産まれてきてくれて…ありがとう、ナルトくん。ナルトくんを産んでくださったご両親にも…感謝します」
愛しい妻からの言葉も添えて、届けたいと心から念じたのだった……
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