ナルトが何度目に戻ってきたときだろうか。ほとんど埋まったプレス機からようやく顔をあげたヒナタが、
「お、お疲れ様、ナルトくん。…疲れてない?」
と話しかけてきた。
「んー、そうだなー、喉は乾いたかな」
花を置きついでに座りながらナルトが答えた。ヒナタが水筒を出して渡しながら、
「今持ってきてもらった分、すぐに並べてしまうから、そしたら休憩にしよう?」
はにかみながら言ってくれたので、ナルトもにっこりと笑い返した。
水筒からお茶を飲みながらヒナタの作業を見守る。ぷちぷちと爪先で花を摘むと、小さな花弁を整えてから台紙に置いていく。すべての花を並べ終えるとそうっと蓋をして、ようやくヒナタが息をついた。
「お疲れさん」
ナルトは飲んでいた水筒から口をはなしてそのままヒナタへと差し出すと、ヒナタは一瞬躊躇したがそれを受け取り、ひと口だけ飲むと脇へ置き、袋から小さなものを取り出してナルトに渡した。
「これ…今日のおやつ…です」
「?」
手渡されたのは、紙で包んで両端を捩じってあるキャンディ。プレス機を膝から下ろして両手が空いたヒナタは端っこを引っ張って中身を取り出し口に含んだ。
「…生キャラメルなの。嫌い?」
食べようとしないナルトにヒナタがおずおずと聞く。
「いや…んなんじゃねェんだけど…」
なんとなく。
なんとなくがっかりしている自分がいます…ナルトは包みの端っこを指先でつまみあげると唇を尖らせた。
「キャンディのほうが…よかった?」
「んーん?いや…?」
ヒナタが今度はおろおろしだすが、やはりナルトは食べようとしない。
「ご、ごめんね、何がいいか先に聞いておくべきだったね、苦手なもの持ってきちゃってごめんね…」
どうしよう、申し訳ないことした…ヒナタの顔がどんどん暗くなる。
「す、すぐ食べれるし、食べ終わるからいいかと…思ったの…」
すっかりうつむいてしまって語尾もほとんど消えかけてしまう。
食べ終わる?
“食べ終わる”の言葉に反応したナルトが、
「ヒナタ、一個目もう食べ終わったのか?」
突然聞いた。
「えっ?!えっ?…う、うん」
反射的に顔をあげて返事をしたヒナタをじっと見ていたナルトは、にまっと笑うと、
「はい!あーん♪」
持っていた生キャラメルをすばやくあけて指でつまむとヒナタの口元に差し出した。
ヒナタは軽いパニックをおこす。
実はヒナタは密かに蒸しパンの一件を気にしていて、それで今日は個別包装されていてなおかつ開けやすくひとりで食べれるものをおやつにしよう、と考えてわざわざ生キャラメルにしたのだ。それなのに…
『こ、これじゃ生キャラメルにした意味ないよ…ナルトくんっ…!』
どうしよう、とあたふたする。
「ヒーナタ、早くしねェと溶けちまうってばよ」
ナルトが唇に押し込もうとするかのように動かすのでますますパニックになる。
「えっと、で、でもね、ナルトくん、まだあるから…じ、自分で…ね…」
「はーやーくー、溶けちまうってばよ〜」
ほらほらほら、とナルトがせかすのでヒナタは覚悟を決め、
『端っこをくわえてちょっと引っ張ったら…だ、大丈夫かな』
顔を真っ赤にし、目をぎゅうぅっとつぶって、ぱくっ、と生キャラメルの端っこをくわえた。唇をきゅっと閉じるとそのまま力を入れてキャラメルと引っ張ろうと頑張る。
そのヒナタの唇を、ナルトは食い入るようにじぃっと見つめている。
むっ、むっ、とヒナタは唇だけでキャラメルを引っ張るが、ナルトはつまんだままはなそうとしない。
キャラメルが溶けちゃうよ…
含んでいる部分からゆるり…とキャラメルが溶けだす。
口の中で唾液とまざってわずかに溜まりはじめるが、味わうことも出来ない。
ナルトくん…お願い…ナルトくん…
しゃべれないので目で訴えたいのだが、自分の状況を考えると目を開けることが出来ない。
114日目 弐
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