シートを広げて居場所を整えるとヒナタはひとつ息を吐いた。
昨日は午前中には帰宅していたというのに、結局は寝つくまでぐずぐずと今日のことを考えてしまっていた。
『お祭りの準備…お祭りの準備…』
自分に言い聞かせるように唱える。
平気な顔でいようと決めたのだから余計なことは考えない。何事もなかった顔をするなら何事もなかったつもりでいなきゃ…。
ヒナタがもう一度唱えておこうと姿勢を正したとき、
「ほえーっ!すげェな!」
ナルトの声がした。ナルトの私服姿が珍しくて目を丸くしたヒナタへ、ナルトは照れたようにすこし顔をそらして、
「よォ…」
と、手短に挨拶した。
「なんかすっげェ咲いてるけど、昨日の雨か?」
やって来て、一昨日と同じ所に座り込む。
「み、見えたの?」
「ん?ああ」
きょとんとした顔をするナルトにヒナタはますます驚く。確かに一昨日よりはたくさんの花が咲いてはいるのだが、小指の爪ほどの花たちなのだ、立ったまま、しかもやって来たあの位置からは…普通は見えない。
「ナルトくんて…視力いいんだね…」
「ん?そうか?そうかな?」
ナルトは構わずヒナタのそばのプレス機に手を伸ばす。ひとつを取り上げるといたずらっ子のような顔をしてあちこちを開けたり閉めたりいじくり回している。
「そういえば…ナルトくん」
「うわわわ!な、なにっ?」
プレス機を落っことさんばかりに慌てたナルトに、今度はヒナタがきょとんとする。
へへへ、と笑いながらそぅっとプレス機を戻そうとするナルトを見て、断りもなく勝手にさわったことを咎められるかと思ったのだとようやく理解し、思わず笑ってしまう。
「服、」
プレス機のことじゃないよ、と示したくて指し示す。
「私服…珍しいなって…」
「ああ…これ?」
ナルトが照れくさそうに頭をかきながら、
「昨日いちんち雨だったろ?んで泥だらけになっちまってさ。帰ってきて洗濯したのはよかったんだけど、干すの忘れて寝ちまっててさ」
タハハ…と笑うが、ヒナタが眉をひそめたのを見て急いで、
「お陰でぐっすり寝たみてェなもんだし!大丈夫!大丈夫!」
言い足してニカッと笑ってみせる。まだ心配そうな顔を崩さないヒナタへ続けて、
「そんじゃあ摘んでくるってばよ!」
立ち上がり明るく宣言すると花摘みへと出掛けていった。
『ほんとに大丈夫かな…風邪ひいてないかな…』
ナルトの背中を見つめながら気を揉むが、私服姿が見れたのはラッキーかな…と密かに思う。
黒っぽい長袖のTシャツの背中からは厚手のジャージ姿ではわからない筋肉の存在と動きがわかり、ヒナタはどぎまぎする。
『平常心…平常心…』
呼吸を整えているとナルトが戻って来ていて、花束を置きながら笑った。
「なにそれ?おまじないかなんかか?」
ヒナタってばヘンなやつ〜♪
そう言って笑いながらまた花を積みに行く。からかわれたはずなのだが嫌な気がしないのは、含みのない素直な響きしかないからなのか。
ナルトくんてほんと毒のない人なんだな…
またぽーっとしてしまう自分の頬をヒナタはぺちぺちと叩き…ふと目をやると、
大分去った先にいるナルトが振り向いてこっちを見ている。驚いて飛び上がったヒナタを見て、ナルトがにまぁ〜っと笑い、
やっぱりヒナタはヘンなやつゥ〜♪
そう歌いながら茂みの向こうへ行ってしまった。
どうしてこう変なタイミングばかり見られてしまうのだろうか…自分の間の悪さを今更ながら呪う。どんな顔をしたらいいのかわからず頬を染めたまま瞬きをしたりしかめっ面したりしながらヒナタはとにかく作業に励んだ。
茂みの向こうでは花を摘みながらナルトがくっくっと笑っていた。
「ヒナタってば、しゃべんないくせにいろんな表情はすんのな。面白〜い」
ニシシと笑いながらどんどん花を摘む。虫や枯れた葉っぱがついているものは丁寧に取り除いてから持って行っているのだが、わざと虫をつけたまま持っていったらどうなるだろうか?悲鳴をあげるかな?それとも、シノで免疫がついてて平気だったり?それどころか話かけたりして…作業もせずに虫と遊んだりして。
いろいろと勝手に想像してしまう。
が。持って行ってみると、ヒナタは作業に集中して顔もあげない。なのでこっちも話しかけずそっと置いてまた摘みに戻る。
肩すかしをくらったような気分になるが、本来「たくさんの押し花を作る。その協力をする」ためにここに来ているのだから、がっかりする自分がおかしいのだ。
『がっかり?』
がっかりしてんのか?俺?
首をかしげるとパキっと鳴ったのでそのまま首だの肩だのをほぐすことにし、『ま、いっか。集中、集中』すぐに気持ちを切り替えた。
104日目 壱
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