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夢の中で細い歌声を聴いたような気がする。
ナルトが目を開けたとき、ヒナタの姿はなかった。プレス機が閉じられ、食べかけだった蒸しパンもなく、水筒だけがぽつんと残されている。
花を取り去った茎が何本も何本ももんわりと盛られているのを、寝転んだままもてあそぶ。
『ヒナタどこ行ったんだろ』
ナルトが摘んできた花はもう全部処理が終わったから自分で摘みに行ったのかもしれない。
ナルトは立ち上がるとヒナタを探しに行くことにした。
見渡す範囲には居ないので、森の方か、逆に谷の方か…どちらだろうか。きつくなってきた日差しをさけるように知らぬ間に谷へと向かってしまうが、ほどなくして、膝をついて茂みに頭を突っ込んでいるであろうヒナタのお尻を見つけた。
『なーにやってんだってばよ…』
子供っぽい体勢に笑いがこみ上げてくる。ちっちゃい頃ああやって垣根をくぐったり柵を抜けようとしたりしたもんだったっけ…
隣に並んで同じように頭を突っ込み声をかけようとしたとき、ヒナタが前を向いたまま、すうっと「静かに」というように手で合図してきた。
頬を上気させ目を輝かせて微笑むヒナタの視線の先には、深い谷底を隔てた向かいの険しい岩肌の中腹に据えられた鳥の巣。
切り立った崖ぎりぎりまで生い茂る茂みに顔を突っ込み、吹き上がる風に前髪を煽られながらも一心に覗き込むだけはある。巣にはそれは美しい色の羽根を持つ鳥が二羽睦まじそうにおさまっていた。
雛でもない親鳥でもない、ちょうどその中間のように見える。
お互い毛づくろいしあったり、首を摺り寄せたり、本当に仲がいい。同じ巣だから兄弟なのだろうけど、まるで幼い恋人同士のようにも見える。
あの鳥について聞こうと真横にいるヒナタへ視線を動かしたナルトは、鳥の動きにあわせるように表情を変えるヒナタに思わず見とれた。サクラやいのに比べれば大した変化ではないが、ただでさえ表情の読み取りにくい瞳をしているおとなしいヒナタにしては、随分とめまぐるしいと言えた。
ナルトは顔を動かさず目だけを向けてヒナタの表情を伺う。
肩から肘までぴったりくっつけて並んでいる自分のことなど見向きもせず、長い髪のあちこちを小枝に絡ませたり葉っぱをくっつけたりしながら、うっとりと鳥たちに見とれるヒナタは…
美しかった。
知らなかった…。
ヒナタってば…キレイだったんだな…。
「キレイだよねぇ…」
堪えきれぬといった様子でほぅ…というため息をもらして呟くヒナタに、
「うん…キレイだ…」
ナルトは視線を動かさぬまま応える。
「あっ…」
なにがきっかけだったのかナルトは見落としてしまったが、二羽が相次ぐように飛び立ち、一度螺旋に飛び交い、そしてそのまま遠くへと飛び立ってしまった。
鳥を目で追って茂みから抜けようとして、初めてヒナタは自分の髪が小枝に絡まっていることに気づいた。
「い、いた…いたた…」
小枝はすぐに折れたがそのまま髪に絡みつきなかなか取れない。ナルトも手伝って取り除いてやる。
「ご、ごめんね…ありがとう…ナルトくん…」
さきほどまでのほのかな輝きが失せ、いつものようにうつむきがちなおとなしい女の子に戻ってしまったヒナタが惜しくて、
「飛んでっちゃって…残念だったな」
ナルトは小枝を取り除きながら鳥の話をふった。
とたんにまたうっとりとした表情になったヒナタが、
「うん…。でもきっとあのままずっとふたりで飛んでいくんだよ…どこまでも一緒に…」
ほんわりと微笑みながら小首をかしげて歌うように言う。
随分おとめちっくだってばよ…二人じゃなくて二羽だろ…
ナルトは苦笑するが、口に出してからかう気にはならない。
「これで終わりっ」
「ありがとう…ナルトくん…」
最後の小枝をぷいっと投げ捨てると、ナルトは立ち上がって自分の体を払った。ヒナタがそれを見て慌てて倣う。
「ご、ごめんね、ナルトくん…花を摘もうと思ってたんだけど…」
まごまごと言い訳をするヒナタへ
「珍しいもん見れたし、よかったってばよ」
笑いかける。とたんに顔を耀かせたヒナタが、
「見れるとは思っていなかったの…本でしか見たことがなくって…あの羽根の色、ほんの短い期間だけなんだって…すぐに真っ白に生え変わってしまうんだって…ほんとに…」
一気にそこまで言うと、ふわりと両手を胸の前で組み、目を閉じると、
「すごいすごいラッキー…なんだよ…?」
また、やさしい音楽が聞こえているかのように首をかしげる。
鼻の奥がつんとする。
泣きたいわけではないのに、泣き出す前みたいにイタイ…
不思議な痛みにナルトは戸惑う。
夢から覚めたように我にかえったヒナタが、申し訳なさそうにおずおずと自分を伺う。ナルトは、なにかを振り切るようにふるふると首を振ってからいつものように白い歯を見せてニカッと笑った。
「戻ろっか」
「う、うん…」
062日目 参
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