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  課題【目を開ければ隣には君が】


「サクラちゃん、今ごろどうしてっかなァ…」

星も見えない暗い空を見上げながらふと呟いてしまってから、ナルトはそっと背後を伺った。

やはり、なんの気配もしない。

いつもなら窓辺に近づく自分へ「寒くない?」と微笑みながら暖かな飲み物を入れて来てくれるはずの彼女が居ないのは…やはりあの名を呼んでしまったからに違いない。

「ヒナタ」

ナルトは隣の部屋にいるはずの妻の名を呼んだ。

「なぁに?ナルトくん」

ひょこっと顔を出しはしたがそこから微笑みかけたまま寄って来ないヒナタを、ナルトは「おいで」と手招きをした。

ふ…と目を伏せたままほんのりと頬を染めてそっと寄ってくるヒナタに目を細めたナルトは、窓辺へ並ぶように立たせるとそっとその肩を抱いて頬を寄せた。

「…星も…見えないね…」
「ああ、真っ暗だ」

こうして寄り添いあっていると、互いの暖かさに季節が移り行くことを実感する。
それなのに、日一日と澄み渡りはじめたはずの夜空にわずかな瞬きさえないことに、心が騒ぐ。

つい…と、一緒に空を見上げていたヒナタがうつむいてしまったのでナルトは一瞬いぶかしがったが、追いかけるようにまた頬を寄せた。

サクラと会話していると、ヒナタがそこに入ってこようとしないことにようやく気づいたのは、結婚してからだった。
子供の頃「サクラちゃん!サクラちゃん!」と彼女を追いかけまわしていたことを今も気にしているのだろうか?とヒヤリとしたのだが、実はそうではないのだということに、最近気がついた。

「こんだけ暗いと、さすがに足元どうかなって思ってさ」
「そう…だね…」

忍びといえど難儀しそうな暗闇のなか、どんな地を歩んでいるところなのだろう。ナルトは昔馴染みの旅路を思う。

吸い込まれそうな底知れぬ闇空を見れば、否応なしに思い出してしまう。
同じ色を宿した友の眼を。

ひたすらに走り続けてきた。彼とは違うがやはり孤独に覆われた闇のなかを、必死に前へ前へと手を伸ばして。
そうしてようやくこの手が届いたと思ったのに、彼は罪を悔いてか、また旅をすると言った。

「サスケ…」
「……」

ぎゅ…と身をすくめるように抱きしめると、気遣うような優しい手がそっと自分を撫でてくれる。
ナルトは嬉しくて目を細めて笑いながらぎゅぎゅっと頬をすり寄せた。

「ちゃんと…会えたかなァ」
「……サクラ…さん…?」
「ウン…」

わずかに、ヒナタが身を離そうとするのを逃すまいと腕に力を籠める。

「あったけェ…」

ニシシ…と笑うと、そっと遠慮がちに寄り添ってくれる。

 週末の谷から、死力を尽くし片腕を失ってようやく友を連れ帰ったとき、真っ先に見つけて微笑んでくれたのはヒナタだった。
だが、病院でサスケとベッドを並べて入院しサクラにあれこれと小言を言われながら失った時間を取り戻すように過ごしていたあの時期、ちらほらと遠慮がちに見舞いに訪れる同期たちのなかにヒナタの姿はなかった。
当時はさほど響いていなかったのにこうしてちゃんと覚えているとは、彼女の訪れがないことをやはりどこかで気にしていたのだろう、自分自身に笑ってしまう。
だけど、あの時はサスケとサクラと共に居られることが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。「3人一緒にいる」ことに寝ても覚めても興奮していた。
ずっとこうしていられると思っていたのに、サスケは旅立って行ってしまった。今までとは違い二度と帰らぬ旅ではないけれど、新たに訪れた淋しさはやはりサクラとしか分かち合えないものだ。

それを…ヒナタは知っていたのだ。

立ち入ることのできない領域。そこにサスケが、サクラがいることを。

暗い闇のなかをひたすら走り続けてきた。

信じるものの先を目指して、真っすぐ突き進んでいるつもりでも、今自分がどこを向いているのかわからなくなることは何度もあった。
サスケと対峙してまた去られ、サクラの涙を見て奮い立ち、
新しく得た力と、増えていく絆、寄せられ始めた信頼、
それでも…変わることのない「七班」という特別なつながり。

けれど。

落ちこぼれのドベな自分の前をゆく天才サスケと同期一の秀才サクラ。
この図式が永遠に続くと思っていたが、そうではなかった。

初めからなにもなかった自分が、ずっと孤独のままではなかったのと同じで。

『あたし、やっぱり行こうと思うの』
『エッ?それって…』
『そ。サスケくんを…追っかけて行こうかなって』

そう言ってさらりと笑うサクラを初めて遠く感じた。

『そ…っか…』
『うん…』

それ以上は聞けなかったが、聞く必要もないと感じた。

『…気をつけてな』
『ん…ありがと!』

ずっとこの笑顔が見たかった。サクラの笑顔が心に染みる。

サクラがサスケへの想いを露にする度に胸が痛んで苦しくなった。
好きだから…好きな子が別の男を好きだと言うから…傷ついているのだと思っていたけれど。

『そうじゃ…なかった…』

サクラの笑顔に胸の奥がつんと痛くなる。
それは失恋の痛みではなくて、あの頃とは違う関係へ変化してゆくことへの淋しさなのだとはっきりと判る。

“孤独ではない”

それが、こんなにも自分を強くする。
世界を、視野を、広げてくれる。
だから…

「オレさァ…ヒナタ…」
「はい…」

呼び掛ければ必ず応えてくれる、優しい声。
ようやく手に入れた、かけがえのない存在。

「サスケには…幸せになって欲しいんだ」
「そうだね…」

自分を肯定してくれる、暖かな応え。

サスケもまた、前だけを向いて走っていた。
振り返れば敗けだと思っていたのだろう、振り切るように走り続けた。差しのべられる手を拒絶し続けながら、己に激しく孤独を強い続けていた。

「アイツさ……ま、オレも人のこと言えねェんだけど」

そうだ、同じだ。同じだからわかる。

「思い込み激しーし、頑固だし、いっこのことしか見えてねーしさ!」
「ふふっ…そう…なの?」
「そーなんだよ!だからさァ!」

ナルトは、ヒナタをじっと見つめた。あらゆるものを透視する能力を備えるその眼は、今はただ穏やかな愛だけを湛えてナルトの心を包み込むように淡く揺れている。

「早く…気づいて欲しいんだってばよ…サスケにも」

そっとヒナタの手を取る。
いつも少しだけひんやりとするその小さな手の意外な厚みが、積み重ねてきた鍛練の日々を伝えてくる。

いつも自分を見つめてくれていた優しい眼差し。
正しい場所へと導いてくれた確かなぬくもり。

「自分の隣にも…ちゃんとサクラちゃんが居てくれてるってことに…」
「……」
「側に、とか、追いかけてくる、とかじゃなくて…“隣に”居るんだっ…てことに…さ」
「……ナルト…く…」

不器用で。頭を抱えたくなるほど不器用で、ひとつのことにばかり囚われていて。誰よりも先を見据えているつもりでいたのに、本当はまるで見えていなかった。

愛しい人はすぐ側に居て、そっと隣に並んでくれている。

それがどんなに心強くて暖かいことなのかを。

「サスケにも…知って欲しいんだってばよ…早く」
「ナルトくん…」

ナルトがそっと両手でヒナタの頬を包むと、ヒナタはほんのりと頬を染めながら眼を潤ませる。

「あんないい眼を持ってるくせに、自分の隣も見えちゃいねェなんてさ!おっかしいよな!」

ニシシシシ!と笑いかければ、ヒナタは、はにかみながら微笑み返してくれる。

「サクラちゃんはもう…後ろにいるわけじゃねェ…ヒナタが…気づけばオレの隣にいてくれたように…」
「ナルトくん…」
「サスケの隣にももう…サクラちゃんがいるって…さ…」
「……」

ヒナタの眼からほろほろと涙がこぼれた。

「…ありがとう…ヒナタ…」
「わ、私は、何も…」
「ううん」

ヒナタの手を自分の頬に当てる。

「オレが大切にしているものを、大切にしてくれてありがとう」
「そんな…」
「オレ…幸せだ…ヒナタ…」
「ナ…ルト…く……」

ほろほろ、ほろほろ、ヒナタの眼から涙がこぼれる。

大切な人はすぐ隣にいて、いつもこの手を握ってくれる。
淋しいときは肩を寄せあって、
嬉しいときは頬を寄せあって、
同じ時を共有して。

サスケやサクラとしか分かち合えないものはある。けれど、

一番大切なものは、これから先はずっとこの人と分かち合っていく。

だから、早くサスケもそのことに気づくといい。ナルトは心からそれを祈る。

そっと自分を見守ってくれるヒナタの存在をあたたかく感じながら…

『ヒナタ…お前が居てくれるから…オレは七班の繋がりを…持ち続けれいられる…』

それがどれほど得難い奇跡であるのかを、サスケにもサクラにも知って欲しいと強く強く願いながら…





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