課題【服を脱がす】
「うーし!これでヨシっと!」
洗いたてのカバーをかけたクッションの形を整えると、ナルトは両手を腰にあてて部屋をぐるりと見回した。
テーブルはちゃんと拭いたし、掛け布団と枕のカバーは新しいのと取り替えた。ぬかりはないはず…だが、ふと見るとテーブルの下に敷いたラグが歪んでいることに気づき、ちょちょっと足で整える。
ラグなんて初めて買った。流石に冬は床が冷てーな、やだな、と思っていたけど、我慢できないときはすぐに布団に潜り込んで寝てしまえば問題ないと思っていた。まさか絨毯なんて大袈裟なものを買わなくてもこんな便利なものがあるなんて!
だけど、これは自分のためじゃないのだ。
「…すぐ汚れちまいそ…だ、けど…ま、いっか!」
真っ白でふかふかのラグ。こまめに洗濯すればなんとかなるかな?でもあんまり洗濯してたらすぐくたくたになってダメになってしまうかな?
それでもいい。
一目見て絶対にこれにしたいと思ってしまったのだ。
ぴう!と風が吹き込んできた。どんなに寒くても起きてすぐ窓を開けてしまうのは長年の習慣で、しかも今日は朝からあれこれと動き回っていたからまったく 気にならなかったのだが、さすがにもう閉めたほうがいいだろう。そろそろ部屋をあっためておかないと…
「お茶も…ある。カップもよし!」
指さし確認。イメトレもばっちり。
ナルトは鼻歌を歌いながら洗面所へと向かった。なんだかじっと座っていられないのだ、うろうろと歩き回ったあげく冷たい水で顔を洗う。タオルでごしごしと顔を拭きながら鏡に向かっていーっと歯をむき出しにしてみせる。歯がちゃんと磨けているかどうかのチェックだと言い訳をしてもホントはニヤつく顔を誤魔化すためでしかない。
今日はヒナタが来る!
初めて、ヒナタがこの部屋に来る!
ナルトの脳裏でサイから借りて熟読しぬいた雑誌のページがめくられてゆく。『初めてのデート』から始まって、今日はいよいよ『おうちデート』なのだ!
「順調、順調♪」
嬉しくて仕方ない。
思えばガキの頃何かにつけてサクラに「デートしよう!サクラちゃん!デート!」と喚いていたものだったが、その実デートがどんなものかまるでわかっちゃいなかったことは、すぐに思い知らされた。
そも、デートとはなんぞや?
デートの意義とは?
そんなところまで頭を悩ませ、サイを巻き込み、シカマルにすげなくされながらようやくコツが掴めてきた。
…と思う。
相手はヒナタなのだ。大人しくて素直で控えめなヒナタ!ヒナタに相応しい、王道な、真っ当な、順調なおつきあいを重ねて…
『そして!そして!その先は…!』
ナルトの頭の中でリンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。紙吹雪が舞う。いつか任務の最中たまたま行き合ってちらりと垣間見たどこかでの結婚式の様子が浮かんでいる。
月から帰ってくる道すがら心は決まっていた。「死ぬまで一緒に居てェ」とは、「生涯を共にして下さい」ということで、つまりは結婚して、子供が出来て、そんでもって2人で共に孫の顔まで見るんだ!ずっとずっと一緒に、寄り添いあって…考えだせばニヤニヤが止まらない。
早くプロポーズしてしまいたい。ヒナタは絶対にうんと言ってくれるだろう。「お嬢さんを下さい!」もやりたい。ヒアシはどんな顔をするだろうか?と思うとそれすらも楽しみでしかない。
だけど…だけど…
『順番!順番!』
ベシ!ベシ!と自分の顔を叩く。
「おうちデート」にも段階はあるのだ。今日は初めてだからお茶するだけ。お菓子も買ってくるか買ってきてもらって、次くらいには手作りのお菓子かお弁当を持ってきてもらって、その次にここで料理を作ってもらって…
『む?外への「お弁当デート」はどのタイミングだったっけ?』
急に細かいことが気になって首を捻るが、まぁいい。それは明日にでもまた確認しよう!
「ヒナタ早く来ねーかな…!?うわっ!」
外を見ようと振り返って驚いてしまった。さっきまではほんのりと明るかったのに妙に暗いと思ったら、雨が降っているではないか。
「大丈夫かな、ヒナタ」
窓辺へ寄ってよく見るとけっこうな降りだ。ヒナタはもう家を出てしまっているかもしれない。ナルトはすぐに台所へ飛び込んでやかんを火にかけた。
ぱたっ…ぱたたっ…
大粒の雨が窓にぶつかっている。タオルを用意したほうがいいかもしれない…そう思い始めた頃、控えめなノックの音がした。
「ヒナタ!」
「ナ…ナルトくん…」
急いで戸を開けると、びしょ濡れのヒナタが立っていた。
「うわ!ひでェな!大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい…そこまで来てたから…大丈夫だと…思って…」
大事そうに荷物を抱えてもじもじとうつむいたまま入って来ようとしないヒナタへ、ナルトは手招きして家に入れと促す。
「さっき降り出したと思ったのにな!」
声をかけながらタオルを取りに行くと、玄関で佇んでいるヒナタへ差し出した。
「?」
寒いだろうにじっと佇んだまま申し訳なさそうに見上げてくるヒナタの頬に思わず手が伸びそうになってぐぐっと堪える。
「…ホラ」
抱えた荷物を受け取ろうと手を伸ばしてやっと気が付く。冬だというのにヒナタは上着を着ていなかったのだ。
「お菓子…紙箱に紙袋だったから…濡れたらいけないと思って…」
急いで脱いでくるんだのだろう。ナルトがそっと開いて荷物が無事であることを確かめると、ようやくヒナタはほっと息を漏らしながら微笑んだ。
『ウッ!か、可愛い!!』
ずっきゅん!
ああ!もう!どうして!どうしてこう…ヒナタの涙とか笑顔はこうも自分の心を揺さぶるのだろう…!
ナルトは頬を染めながらせかせかと声をかけた。
「すぐあったかい飲みもん淹れるな!あ、そうだ、シャワー浴びるか?」
「えっ?」
タオルで髪を拭いていたヒナタがぽかん…と見上げている。見れば思ったより濡れているのだ、このまま放っておくほうが心配だ。
「な?そうしようぜ!帰るまでには服も乾くだろうし!」
ニカッと笑って見せるが、ヒナタはもじもじと遠慮している。
「ホラ、なっ?そうしようぜ!」
笑いながら、たんたんたん!とその場で足踏みをしてみせるとヒナタはようやく観念したのか、
「じゃあ…お言葉に甘えて…」
こくん、と小さく頷くようにうつむきながら靴を脱ぎ始めた。
頭にタオルをかけたままなのが可愛くてナルトは目を細めてそれを眺めていたが、身をかがめたヒナタの襟元から鎖骨がふいに覗いて、どくん!と心臓が跳ね上がった。
お菓子を守ることばかり考えて自分には構わないとは、いかにもヒナタらしい。そのせいでぐっしょり濡れてしまって、ナルトの部屋を汚すんじゃないかと遠慮をしているのもやっぱりヒナタだと思う。寒いのに我慢して…抱きしめてやりたいくらい可愛い!
可愛い…のに…
ヒナタが大切に守ってくれたお菓子をそっとテーブルに置き、すぐにヒナタを風呂場へと押しやるように連れて行く。そのままかけっぱなしのやかんの様子を気にしつつ、着替えになるものを探して引き出しの中を漁る。
がん!がん!がん!
自分の脈がうるさくて耳が遠くなる。指が震えて上手く動かない。
『どう…しち…まっ…た?オレ…』
急がなきゃ。やかんからはもう湯気が激しく噴出していて、ヒナタはまだ風呂場の前でもじもじしているだけかもしれない。
急がないと…急がないと…どくどくと大きく脈打つ血流に合わせるように言い聞かせているのに。こんなにも自分で自分の身体が…意のままにならないなんてこと…
『オレ…オレ…な…んで…』
喉の渇きを覚えて唾液を飲み込む。それだけでは足らず唇を舐める。落ち着く気がして何度も舐めるがやはりおさまらない。
一歩…一歩…急がなきゃと思うのにのろのろとしか足が踏み出せない。
『ああ!ホラ!やっぱりもじもじして…早くしねェと風邪ひいちまうってのに…』
お風呂場の前でじっと立ったままのヒナタに駆け寄りたいのになぜかそれが出来ない。どうして?もどかしいが、足を重くするものが何なのかも本当は知っている。
「ヒ…ナタ…」
思っていた以上に低い声が出て、ヒナタよりも先に自分が驚いて肩が揺れる。
『ダメ…ダメ…ダメだ…』
可愛いヒナタ。こんなに震えて、不安そうで、困ったように眉を寄せていて、自分を犠牲にしても誰のことも困らせたくない、優しいヒナタ。
ゆっくりじっくり信頼を勝ち取って、安心を与え続けて、守り抜きたい、大切なヒナタ!
…それなのに。
濡れてぺったりと張り付く髪。青白く輝く頬。そして…
「ヒナタ…」
もうほとんどため息だったと思う。
ダメだ!ダメだ!それだけは、してはダメ…!頭の中で激しく鳴り響く警告で、世の中のすべての音が消されてしまうのに。
「早く…あったまらねェと…ダメじゃねェか…」
さっきまでまるで言うことを利かなかったはずの自分の指が意識を越えてヒナタの服をはぎ取ろうと動いているのを、熱い衝動に思考を奪われたままナルトは唇を震わせて眺めているしかないのだった…
<終わり>
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