捌 * 我愛羅、到着
明けて、調印式の当日。
昼は過ぎるだろうという風影一行の到着を待って、木の葉の里全体が朝からざわめいている。
若くして影の地位を継ぎ、先の大戦では総大将も勤めた我愛羅は、端整な顔立ちと理知的な物腰ともあいまって砂の里の外にも人気が高く、その姿を一目見ようと若い女性に限らずみんなが我愛羅の到着を楽しみに待っていた。
「途中で昼食を取るらしく、木の葉に着くのは二時過ぎるのでは…というところだそうです」
シカマルが連絡を受けて綱手に報告した。
「そうか。では二時より前には出迎えに行こう」
綱手の指示に、
「承知」
その場の全員が頭を垂れた。
綱手がシカマル以下腹心を連れて阿吽門までやって来ると、辺りを埋め尽くしていた里人から歓声が沸いた。
なんだかんだと綱手もまだまだ里人からの人気が高い。
大戦後正式に火影直下の参謀に加わったシカマルを、凄まじい人出でまるで近づけないため遠くの高台に揃っていた同期たちは眩しくまた誇らしく思って見ていた。
「あいつが一番の出世頭だよなぁ…やっぱ」
キバの呟きに皆が曖昧に頷く。
『今はな!すぐにオレが火影んなって!オレが一番の出世頭だっつーの!火影のが上だってばよーっ!』
すぐさまそうがなりたてるだろうと思ったナルトが黙ったまままた複雑な顔をして門の辺りを見詰めているのを不思議に思いつつも、誰もそのことに触れないまま、じっと門が開くのを待った。
「風影さまご到着!」
門番の声が響く。
「開門!!」
綱手の号令に門が大きく軋みながら開いてゆく。すぐさま歓声が沸いてゆっくりと風影以下一行の姿が見え始め、歓声は果てしなく高まっていく。
あまりの歓迎ぶりにさすがに驚きが隠せない我愛羅を、満面の笑みをたたえた綱手が進み出て迎えた。
「遠路はるばるご足労頂いて、申し訳なかった」
「いや…これほどの歓迎を受けようとは…想像もしていなかった。こちらこそ招いて頂いたことを改めて感謝したい」
割れんばかりの歓声と公式の場ではさすがの迫力を発する綱手を相手にまわし、淡々といつもの物腰で対応する我愛羅は、やはりさすが組織のトップ、里の長なのだと感服する。
皆と同じく火影と風影のやりとりを食い入るように見つめながら、ナルトはいつぞやの我愛羅とのやり取りを思い出していた。
* * *
砂の里へ行く任務があり、無事終えて帰るだけという時のこと。風影の執務室で帰り支度をしていたナルトへ我愛羅がふと聞いた。
『ナルト…お前どうなのだ?いつなんだ』
『へっ?何が?』
きょとんとしたナルトをじっと見詰めて、
『お前が火影になる日を…オレはきっと木の葉の人々以上に待ち焦がれていると思う』
静かに告げた。うっ…と詰まってから頭をかき、
『まー色々とな、修業とかはしてんだけどな』
タハハ…と笑ったナルトは、
『なあ!我愛羅はどう?風影んなってどうなんだよ?』
明るく聞いた。我愛羅は少し眼を見開いたあと静かに視線を落とし、
『まぁ…そうだな…色々とな…』
ふっ、とため息をつき、目線をあげてふふっと笑った。「オレの真似してんじゃねーよ」とナルトも笑う。
そこへ、
『なんだ、うずまき。まだ居たのか』
テマリがつかつかと入ってきた。
『まだって…ひでェな…』
ナルトの呟きをきっぱりと無視して、テマリは薄い冊子をばらばらと我愛羅の目の前に積み上げ、
『我愛羅、いい加減覚悟を決めろ!どれでもいいから選べ!』
イライラと指図した。
『どれでも…とは…』
『そりゃお前に心に決めた女が居るってんならそれにしろとは言ったさ。だが居ないんならそろそろ選ぶか作るかしろ!』
テマリは一旦言葉を切り、
『いつまでも風影が独り身で居るわけにはいかないんだぞ』
と続けた。
驚くナルトへテマリが急に振り返り、
『うずまきは?どうなんだ?居るのか?』
『はへ?!』
『妻にと決めた女は居るのか?』
『えええええェー!そそそそ、それはまだーっ!!』
『ふん!』
あわてふためくナルトを鼻先で一蹴し、我愛羅へ向き直ったが、
『そうだ!うずまきに頼んでみてはどうだ?!』
我愛羅へ言うとまたナルトを振り返った。
『うずまき!木の葉にいい女は居ないか?我愛羅の嫁に相応しい女だ!』
『テマリ…それは…』
『いいじゃないか、木の葉との同盟も強力なものになる!いい案じゃないか!』
『それをナルトに頼むのは間違っている…。ナルト、ご苦労だった、もう発つといい』
暴走する姉を押さえて我愛羅がナルトを促した。
『お、おう…。じゃ、またな!我愛羅!』
『ああ!またな…!』
『考えておいてくれ!うずまきーっ』
『だから…テマリ…』* * *
遠くなる姉弟のやりとりを聞きながら慌てて砂の里を後にした。
そんなやり取りをしたこと自体、昨日まですっかり忘れていたのだ。
『我愛羅の…嫁に…』
風影の妻として選ばれるのなら、それ相応の条件を満たす女性でなければと言われるに違いない。
木の葉から出すとなれば…立場的にも年齢的にも、ヒナタ以外にはあり得ない…と誰もが納得するだろう。
『ヒナタが…我愛羅と…我愛羅と結婚…』
知らぬ間に拳を握りこんでいたナルトは、自分が唇も噛み締めていることに気づいていなかった。
「さて、行くか」
キバがそう言って抜けたのが合図になったかのように、同期たちはばらばらとそこから去り始めた。
「結婚…かぁ…」
ふと、明日のことを思ってサクラが漏らした。
「まだ先のこと、な〜んて思ってたのに…ねっ!」
いのの答えに頷いたサクラは、ナルトに声をかけようとして振り返ったが、
ナルトはすでに立ち去ったあとだった。
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