廿弐 * 藤花狩り
「なあに?何が始まるの?」
「あら?これ、花切りバサミじゃない!」
藤園を歩き始めた皆の後を、脚立を担いだ日向の男性が二、三人にこにこと笑いながらついてくる。
「これで今日のメインを自分で採るっつーわけだ」
「…花の中に虫はいないように、昨日から手配している…なんの心配もいらない…」
「!!花を切っていいの?!」
サクラといのが驚いて声を合わせた。
「う、うん…摘んだらそれぞれこの籠に…」
裾をあげて帯を結び直して来たヒナタが、浅い籠を皆に配った。
「花摘んで、そんでどーすんだってばよ?」
ナルトがヒナタに聞くと、ヒナタはにっこりと笑った。
「皆が摘み終わったら戻って頂くの…天ぷら…美味しいよ…?」
「天ぷらーっ?!」
「藤の花の?!」
驚くサクラたちを尻目に、キバが早速脚立を借りてパチン…パチン…と花を摘み始めた。
「あんまでかくねぇのが柔らかくてうめーぞ!」
脚立の上からすすめるが、
「だが、花が開ききったものも色が鮮やかでよいものだ」
そう言うシノの手には一際濃い紫の房が握られている。
「きゃーっ♪こんなの初めてーっ!」
「摘みたての揚げたてだなんて…贅・沢♪」
「なるほど…味はちょっと想像できないが…美しいだろうな」
サクラもいのも我愛羅も張り切って選別し出したが、ナルトは着物の姿のヒナタを気遣い、
「ヒナタの分はオレが採るってばよ!」
そう言ってヒナタのハサミを取り上げた。
「えっ…でも…」
「なァなァヒナタ!どれが美味そう?教えてくれってばよ!」
さっさと脚立をひとつ借りて担ぐと、きょろきょろしている。
「うっし!この辺はどーだ?!」
脚立を据えて登り、どの花を摘むかハサミを持った手をうろうろと動かす。
「ナルトくん…」
半身ほど高くなったナルトを見上げてヒナタが呟いた。
「ん?オレが摘むからさ、ヒナタは籠持って受けてくれってばよ?」
ヒナタの方へ身を乗り出してナルトが言う。
ヒナタを見据えている真っ直ぐな蒼い眼。
ヒナタは少し首をかしげると、
「…はい」
ゆっくりと微笑んだ。
控えめではあるが綺麗な笑顔。
ナルトは益々嬉しそうな顔をすると、するすると脚立を登り、張り切って花を選び始めた。
今日のナルトは…なんだか変だ。
脚立のそばで籠を持って見上げながらヒナタはこっそり思った。
いつもと違って、ヒナタの方ばかり見て、ヒナタの心を掻き乱すようなことばかり言う。
『どうしたんだろう…いつもと違う服装をしているからかな?…でも、皆が思っているより着なれているし、実は見た目ほどそんなに不自由でもないんだけどな…』
仰ぎ見るナルトはやっぱり眩しくて。ヒナタの鼻の奥がつん、と痛む。
よくわからないけど嬉しい。
でも、よくわからないから、どうしたらいいのかわからない。
『怖いよ…ナルトくん…期待してしまいそう…だ…よ…』
ナルトの姿が滲んでしまう。
ヒナタは慌てて懐紙を取り出してそっと目元を拭った。
『期待しない…でも嬉しい…だから…』
ヒナタはうつ向いてそっと眼を閉じた。
『今はただ…嬉しいって…気持ちのまま…いよう…。だけど…期待…しないように…気を付けなく…ちゃ…』
そう、ひっそりと決心をした。
脚立の上であーでもないこーでもないと選り好みをしていたナルトは、ようやくこれと思った房を見つけ、
「なァなァ!ヒナタ!これさァ!」
下に居るはずのヒナタに声をかけたが、ヒナタはそこから少し離れて皆と賑やかにやっていた。
「小さめのって、どのくらいのから摘んでいいの?」
「そうだね…房が伸びて…くっついていた蕾がほどきかけてきた頃の…とか…」
「えっ?そんなに若いの摘んでいいの?」
「お浸しも…美味しいよ?」
「うそー!それやりたーい!」
「花が見事で…摘んでしまったのだが…蔓が固そうか?」
「あ、じゃあ…ばらばらにして花だけ揚げるのは…どうかな?」
「ああ…!それはいいな…!」
「なーヒナタ!あの赤紫のやつ、」
「あ、うん…今年は大丈夫…どうぞ…」
「やっりー♪」
「アタシ、あっちの白い花のやつ摘もーっと♪」
質問攻めにあいながら細々と答えたり指示したりしているヒナタを見て、最初ははらはらしたが、
今まで自分が思っていたよりもずっとヒナタはしっかりしているのだ、とようやく気づいたナルトは、
「ちぇっ…」
小さく呟いてしまっていた。
人の話をよく聞いて、驚いたり共感したりして、そして相手からの反応にまた反応を返す。
控えめながら見知ったつもりよりもずっとずっと、表情豊かだったことも知る。
そんなヒナタを知って、嬉しくて堪らないのに。
『ヒナタ……こっち見て…こっちを…オレを見てよ……』
ナルトは段々淋しくなってきていた。
ひとり脚立の上に居て、高い所から皆を見下ろしているのに、在校生で一番のチビだった頃校庭の隅っこでブランコにしがみついて皆を下から見ていた時の気持ちが…蘇ってきてしまう。
降りていって加われば、そんなことはなくなる。
今だって皆ナルトを無視しているわけではなく、時折こちらを向いて手を振ってくれたりしているのに。
どうして…
『ヒナタ…ヒナタ……ヒナタ………!』
あの子だけが…こちらを向いてくれないことが、こんなに悲しい…なんて…
からかうような皆に促されて、ヒナタがようやくこちらを振り向いた。冷やかされているような雰囲気の中、おどおどと肩をすくめたままヒナタがはにかみながら笑ってくれた。嬉しくてすぐに両手を振って答えると、驚いたようにたちまち背を向けてしまう。
ナルトは、眼をつけていた花房を摘み取ると、脚立を降りてヒナタにそっと近づき、
「ヒナタ…」
後ろからヒナタの肩に触れて自分の方へ向かせると、驚いて自分を見上げたヒナタの頬に手を添えて…
持ってきた藤の花をヒナタの髪に簪のように挿して微笑んだ。
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