拾壱 * 花園の佳人
それにしても…と駆け抜けながら思う。個人宅の庭園に過ぎないとは思えないほど、手付かずの自然と気配が同じままなのに舌を巻く。
丁寧に手入れされていることは瞭然なのに、とにかく草も木も緑があまりにも賑やかだった。
『すごいわねぇ』
と先をゆくサクラといのも囁きあっている。
キバがわずかに向きを変え、一行は茂みの裏に回った。
『潜って顔を出しゃ、正面だ。ホラ!』
すぐさま見えなくなるので慌てて追いかける。
葉を揺らさぬよう注意を払い、腹這いになって顔をあげると、
まさに夢のような場面が広がっていた。
見渡す限りを高く低く連なって埋め尽くす藤棚から、見事な花房が垂れて時折重たげに揺れている。
白から濃紫までの濃淡で淡々と彩られた空間の地面には、見るからに質のよさそうなたっぷりとした緋毛氈が広々と敷き詰められていて、重なりあう花房に日の光を遮られて一層色を濃くしていた。
奥にやや控えるようにして居るヒアシはいつもの黒装束でいかにも賓客をもてなしているという風情があり、手前に居る我愛羅は薄い赤の衣装が若々しさを引き立てていて、ゆったりと寛ぎながらも生真面目そうな礼儀正しさが伺えて好感が持てた。
『ヒアシ様と談笑…やっぱ只者じゃないわね…』
サクラが唸る。
『ああしてると迫力よねぇ』
『どっちが?』
『どっちもよ!』
女子二人はこそこそとつつきあった。
ヒナタは…?とナルトが不安に思った瞬間。
緋毛氈の隅に据えられた衝立から、振り袖を着たヒナタが音もなく姿を現した。
『ふわわわわ…』
サクラなのかいのなのか、知らぬ間に不思議な声を漏らしてしまっている。
長い髪を、両頬にひと房ずつ残して緩やかに結い上げて花を型どった控えめな髪飾りで纏めている。
振り袖は見事な真紫色で、おはしょりを取らず対丈で帯を締めて前見頃を少し開いて裾を引いている。襟はいかにも質のよさそうな厚みを感じさせる白絹で、伊達襟、帯締め、八掛に艶やかな紅色を使って娘らしい華やかさを加えていた。
藤の花の細やな花弁が点描画のように辺りに散りばめられているのを配慮してか、ヒナタの着物は敢えて無地にしたようだったが、動きに合わせて波打つようにも見えて、
『地紋…かしらね…』
いのが興奮を隠せない上ずった声で呟いた。
ヒナタは手に小さな盆を持っており、ヒアシと我愛羅に煎茶のお代わりを持ってきたらしい。
見ているナルト達からちょうど手前の我愛羅と奥のヒアシの間にふわりと膝をつき、お茶をすすめながら穏やかに言葉を交わしている。
『ヒナタ…』
ナルトは奥歯をぎりぎりと噛み締めた。そうしていないと何かが吹き出してしまいそうだった。
二人から碗を受け取り再び盆を手にヒナタが立ち上がったところで、ヒアシが衝立の奥へと声をかけた。出てきた給仕らしき女性が、二、三歩踏み出したヒナタから盆を受け取りまた衝立の奥へと消えた。
することがなくなってしまったヒナタは振り返り、
指示を出しているヒアシに放っておかれてしまっている我愛羅の相手をしようと進み出た。
ふと、足元を気にしたヒナタが何かを拾おうと膝を屈めたその時、よろけたのだと勘違いした我愛羅が腰を浮かせて膝をつきヒナタを手を取った。
驚いたヒナタが我愛羅を正面から見詰めてしまい、それに我愛羅も驚いたのか、そのまま二人は手を取り合って見詰めあったまま静止してしまった。
『〜〜〜〜〜〜〜〜』
『!!!!!!!!』
サクラといのが気配を殺したまま器用に悶絶した。
まさに夢のような、
物語のクライマックスのような、
一幅の絵巻のような、
気の遠くなるような美しい情景だった。
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