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忘れ得ぬ


「ありがとう、ナルト。アタシ行くね!」

そう言って駆け去ってゆくサクラの背中を、降りしきる無数の桜の花びらが覆い隠していく。

初恋の少女は毅然とした視線を取り戻し、迷いのない足取りで愛する男のもとへと向かう。

ナルトは、さっぱりとした顔でいつまでもそれを見送っていた。


長い長い戦いの果てに、すべてが終わった。


無二の存在と信じた男の心を、ようやく取り戻した。
誰よりも慕い信じた、血肉を分けたに等しい存在を、取り戻したのだ。

かつて、世の中のすべてを手にした兄は、それゆえに愛だけを失い、
そして、その手に愛だけしか残らなかった自分は、

元の仲に戻りたくて、
彼にも愛を信じて欲しくて、

果てしない時間、彼を追い続けてきた。

悲しみ
絶望
怒り

慕っていたからこそ、
愛しているからこそ、
その身に打ち込まれ、苛む感情。

それらから…やっと、やっと解放されるのだ。

…己ではなく、彼が。

「サスケ…」

ナルトはそっと彼の名を呟いた。

自分の想いは自分だけのもので、宿命とか前世とか、思ったこともなく、
それを知った後でもそうだったのかと腑に落ちた感も特にない。

ひたすらに、想いを届けたい、届けなければと突き進んできただけのことで、
同じ想いは何度も繰り返されてきただけのことだと、今でも思う。

ただ、

今初めて「ようやく終わった」と言い切れるのはきっと、去っていった彼女の存在があるからなのだと思う。

迷い、泣き、何度も挫けそうになった彼女をずっと支えてきたけど、最後には本当に愛する男を選び、頼もしい背を見せて彼女は去ってゆく。

降りしきる花びらが、彼女への想いを拭い去るように散る。
はらり、はらりと剥がれ落ちた想いは足もとに降り積もり、花びらと共に風に吹き払われてゆく。

彼女はきっと、今度こそ彼を支えきるだろう。
長い長い時間がかかったとしても、もう迷うことなく、そしてその手を離さず。
彼を連れ戻し、愛は信じるに足るものだと知らしめるまでが自分の役目。
彼に愛を注いでゆくのが、彼女の役目なのだと…

心からそう信じられる。


花が散る。

心を、迷いを、払うように花が散る。

花びらの淡い淡い色に溶け込むようにしてひっそりと佇んでいる存在へ、ナルトはようやく向き直った。

「ヒナタ…」

きっと今ナルトが失恋したのだと思って我がことのように嘆いてくれているのだろう、胸の前で手を組んで泣き出しそうな顔をしている。

ふいによみがえるあの日の光景。
ここは、あの人が丹精した花園ではないけれど。
降りしきる限りなく白に近い色たちが、あの日のようにナルトの視界の端までを埋め尽くしている。

唯一の安らぎだったあの人の存在は、引き裂かれた絆の痛みと嘆きの果てに忘れ去られ、
僅かな淡い記憶を残すのみとなっていたらしい。
取り戻したいという強烈な渇望と、きっと分かり合えるという希望と、それらを打ち砕かれたときの絶望と怒りとで、
長らく顧みてこなかった己の身の上の果てに、

戻るまで、
すべてが元に戻るまでと、知らぬうちに自分自身に強く強く施していた呪印。

そして今、解き放たれた記憶と想い。

「ヒナタ…」

確かに強く惹かれあっていたのに、恋人と呼べる関係を結ぶことのないまま、
あの日伸ばした自分の手は結局、彼女に触れることは叶わなかった。

ナルトはヒナタを見つめて微笑んだ。
驚きに大きく見開かれた真珠色の眼に写りこむ自分の笑顔は、恥ずかしいほどに彼女への想いを露わにしていて、ナルトははにかみながらますます微笑んだ。

つと目を伏せてしまったヒナタに、不安がよぎって胸がざわめいたが、ヒナタはゆっくりと頬を染めていく。


この色…!


「…見つけた」

ナルトはヒナタの頬を撫でた。

ずっとずっと…こうしたかった。そうであることを忘れていた。

伏せたまつ毛を震わせ、眼にじんわりと涙を潤ませ始めたヒナタの肌が、頬からこぼれるように染められてゆく。
薄く薄く溶いた紅の色。
あの人が、自分の想いに呼応してくれたときにだけ見せてくれた、

…忘れ得ぬ色。

「オレってば…ほんっとアッタマ悪りィなァ…」

タハハ…と頭を掻いた自分を驚いて見上げてくれたヒナタを安心させたくて、指先でそっと何度も頬を撫でた。

桜の花の降りしきるなか、桜色の髪の少女に強く惹かれたのは、この色を覚えていたせい。
色だけしか覚えていなかったせい。

サスケを、インドラを取り戻した今、その少女への想いは初めからなかったように昇華してしまっているのは、本当の相手を思い出したから。

そこにある色ではなく、
あの人がその身の内に、想いと共に秘めていた色だったのに。

『そこしか…色しか覚えていなかったなんて…』

自分自身の不甲斐なさに胸が痛む。

だがもう遠慮しなくてもいい。
あの時言えなかった言葉を、今度こそ言おう。

『愛しくてたまらぬ』

想いを込めてその名を呼ぶ。

「ヒナタ…」

ナルトは、ゆっくりとヒナタの頬に唇を寄せた。




−−−とおいとおいむかし、オレたちはふかくふかくおもいあっていたって、ヒナタ、しんじる…?


<終>




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