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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


白き花園の乙女


「アスラさま…アスラさま…」

自分を呼ぶ、淡く優しい声にアスラはゆっくりと目を開けた。

けぶるような、白い花だけが植えられた花園。
その一部が震えたかと思うと、そこが化身したかのような清らかな娘が現れた。

「マリーチ…」

その名を呟きながら、アスラは寝そべったまま従妹へ手を伸ばす。
絶妙に、手の届かぬ位置にそっと座り込んだ彼女は、

花が、

空が暁に染まり始めるや、花が、ひっそりと花びらをほどくかのように、ゆったりと微笑んだ。

アスラの視界いっぱいに咲き乱れる花と同じく、白という色しか持たぬ娘。

アスラは寝転んだまま愛しげに眼を細めて彼女を見つめる。
わずかに首をかしげてその視線を受けていた彼女は、やがて、くす…と身体を揺らして笑った。

「?!」
「だって…」

ふふふ、と続けて笑いながら、マリーチは大きく見開いたアスラの眼をまた優しく見つめ返した。

「宮殿には…あんなに見事な花園がおありですのに…こんなみすぼらしい場所を好まれるとは…アスラさまはほんとに変わったお方…」

みすぼらしいと言葉では言ったが、ここはマリーチが丹精している彼女の花園。声には慈しむような響きがあった。

「あそこはけたたましくて落ち着かぬ!」

アスラは乱暴にそう言うと、頭の下で腕を組み直してまた眼を閉じた。

宮殿の花園は兄・インドラの肝いりでありとあらゆる色彩の花が集められていた。
どんな術も、技も、自在に会得する自らと同じくするかのように、すべての色の花を集めて豪奢に飾り立てられた花園は、まさしく兄そのもののようで、
容姿も才能もインドラに劣るアスラには、自分とは無縁の華やかさを見せつけられるようで、どうしても気後れしてしまい、足を向ける気になれない。

くすくすと笑い続けるマリーチへ、アスラは眼を開けてじろりと睨むような眼を向けながら、唇を尖らせた。
ますます笑うマリーチを、今度は半眼になって睨むが、微塵も悪意を感じさせぬ彼女の様子にアスラはついにふっと笑ってしまった。

ここはなんとすがしいのだろうか。

ひたすらに穏やかで、やわらかで、たおやかなものしかない。

アスラは、マリーチが笑うのをやめてまた自分を見つめてくれるのを待った。
やがて彼女は、アスラを見つめて問いかけるように首をかしげた。

「彼処と違い、此処には佳きものしかない」

アスラの言葉に、マリーチは本当に嬉しそうに微笑む。

アスラはゆっくりと身を起こすと、彼女の膝に触れるか触れぬかの位置に手をつき、マリーチの眼を見つめながら顔を寄せた。

「儂には、この花園のほうがずっとずっと…美しく…思えるのじゃ…」

まるで自我など持たぬかのように相手の姿を写しこむ彼女の不思議な白い眼を見つめながら、真っ直ぐ顔を寄せてそう言うと、

『そして…何よりも、まさしくこの園そのもののような…そなたが…』

言葉に出来ない想いを込めて、アスラはほんのわずかにだけマリーチの頬に自身の頬を触れさせると、またゆっくりと離れて彼女を見た。

「卯の女神」と謳われ、後に「鬼」と恐れられた祖母・カグヤに生き写しの姿を継いだマリーチは、
思考の読めぬ無表情な冷たい美貌を讃えられた祖母とは真逆の穏やかな空気を纏い、

アスラの視線を受けながら、色を持たぬその身の内からほんのりと…紅い色を灯しながらうつ向いた。

真っ白な肌を薄く薄く溶いた紅に染めるマリーチは、夢見る心地を誘うほどに美しく、
これこそが世界で一番美しい色だとアスラは思い、知らぬうちに微笑みながら眼を細めた。

「ほ…ほんとに…アスラさま…は…」

うつ向いたまま震える声で呟く彼女を今すぐ掻き抱きたくなる衝動と闘いながら、アスラはマリーチを見つめる。

「ほん…とに……変わった…お方……」

白い長い睫毛を振るわせ、肌よりわずかに紅い唇を動かし呟く様にさえ、眼を奪われる。

「マリーチ…」

吸い寄せられるようにまた顔を近づける。伏せた睫毛で隠れた部分にも、いや、その眼のすべてに自分の姿を写して欲しくて、アスラは彼女の名を呼ぶ。

真っ白な花園の真っ白な髪と肌と衣装の少女が、その身の内に唯一隠す血の色をその肌に微かに灯す。
「色を持たぬ」彼女が、奥深く隠し持つ唯一つの色彩。

恥じらって眼の端に涙を潤ませ初めた彼女は本当に愛らしく、いつまでも見つめていたいとアスラは心から思う。

「儂は…儂には…そなたが…」

『愛しくてならぬ』

肝心な言葉をまたも口に出来ぬ自分の不甲斐なさに胸が痛むが、
自分にしか見せない、
自分しか知らない彼女の姿を、

何があっても忘れない…と密かに誓う。

「マリーチ…」

アスラは、静かに手を伸ばした。

此の先己の身に降りかかる、凄惨な運命を、まだ知らぬまま…





   <終>




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