クナイとカボチャと先生と
「うしっ!」
最後に額宛を結び、鏡の中の自分に向かって気合いを入れる。
靴を履きながら玄関に鍵をかけ、今日の任務もらいに行くためナルトは受付所へと向かった。
手の空いている者などほぼいない近年、受付所はやはり忙しい。ナルトも何人もと挨拶を交わしつつ順番を待った。
「ばーちゃん!昨日はありがとな!」
自分の番になり、ナルトは言葉少なに綱手に礼を言った。綱手も笑顔でそれに応える。
「ゆっくり休めたか?」
綱手の問いに、ヒナタとのことが浮かんでわずかに顔が強張るが、ナルトは満面の笑みのまま応えようと踏ん張った。
「うん!忙しいのにありがと!」
綱手は美しい笑顔を浮かべたままゆっくりとひとつだけ瞬きをし、
「早速だが今日の任務だ」
と、一枚の紙をナルトに差し出した。
「詳しいことはよく読むか、現地に行って聞いてくれ。さ!忙しいんだ、次!」
綱手はもう次の書類に目を落とし、ナルトを追い払うような仕草をした。
「へ〜い…」
紙を持って列から外れ、読みながら部屋を出る。
「…『アカデミーでかぼちゃを使ったクナイの実習』?!?なんじゃソレ?」
それ以上のことは書かれていないのだが、アカデミーとその教官室はすぐそこだ。とりあえず「現地で聞け」との言葉に従い、イルカを訪ねることにした。
「イルカせんせー…」
教官室の戸を開けると、やはりそこには誰も居なかった。ナルトたちが在学中からもそうだったが、この頃は更に教官室に教官が居ることはほとんどない。手の空いている者は、昔は授業の補佐に当たり、今は里の復興の手伝いをしている。
「せめて場所くれェ書いててくれっと…いーのに…」
ナルトは目を細めて首を傾げた。どこへ行ったらいいものやら。
クナイの実習とあれば普通は演習場だと考えるのだが、そういう気配はない。
「…っとなると、教室のどっかかァ…」
頭の後ろで腕を組みながら暫し佇む。ゆるゆると紅い隈取りが目の縁に浮かんだ。
「!見っけ…!!!」
確かに、ある教室でイルカが生徒とカボチャに囲まれながらクナイを手にしているのが見えたのだが、その中にヒナタも居ることを知ってナルトは駆け出そうとした足が絡まり、つんのめった。
「う…うう…」
逃げたい。
だがそんなわけにいかない。任務なのだから…。
「うう…ううううう…」
ナルトは唸りながらのたのたと歩いて教室へ向かった。
「うーす…」
ガラガラガラ…ゆっくりと戸を引くと思いがけず大きな音をたてるのでどんどんしかめっ面になる。里の英雄の登場にアカデミーの生徒たちが沸いたが、ナルトの表情を見て戸惑う子も居た。
「ナルト!」
イルカが奥から手をあげて招く。ナルトはしかめっ面の百面相をしながら歩み寄る。机や段差のない部屋で床に座り込んだ生徒たちは脇を過ぎて行くナルトを見上げて怪訝な顔になっていくが、イルカは構わず笑っている。
「よく来てくれた!」
隣に並んだナルトの背をばしばし叩く。
「イテ!痛ェよ、イルカせんせー!」
片目をつぶって口を尖らせて抗議したあと、ナルトはようやく笑った。生徒たちの空気がやっと緩んだのを感じたナルトは、子供は大人の振る舞いに敏感だということを思い出して、自分の態度を恥じて首を竦めた。イルカはその様子に苦笑する。
「月末の収穫祭に向けてカボチャを加工するんだが、ついでにクナイの扱いを教えようと思ってな」
イルカの説明にざっと見渡すと、なるほど、どの子も一抱えほどの大きなカボチャを自分の前に据えている。
「まずは、カボチャをひっくり返して、平らに薄く切り取ったよな?」
はーい!と声があがる。ひっくり返しているため安定の悪いカボチャを支えるのに苦労している子に、生徒たちに混じって床に座っているヒナタがそっと手を伸ばしてさりげなく支えてやっている。
「んじゃー中身をくり貫くぞー!ナルト、やってみろ!」
オレ?と自分を指差すと生徒の間から歓声があがった。ナルトはニシシ、と笑うとホルスターから鮮やかな手つきでクナイを取りだし、みんなの拍手喝采を受けて照れながら、生徒たちからよく見えるようにと台の上に置かれたカボチャに突き立てようとした、が、
「はい!やめー!」
イルカが手を叩いてそれを制止する。
「へ?」
とナルトが聞き返すのを見もせずイルカは、
「今のは悪い例だ!ヒナタ!ちょっとやってみろ!」
ヒナタを呼び寄せる。
突然呼ばれて飛び上がったヒナタは生徒たちから笑われながらおずおずと前に進み出た。イルカが固まったままのナルトを押し退けて場所を空けさせると、ヒナタはしなやかな手つきでクナイを取りだし、やはりカボチャの縁に寄せた辺りに突き立てた。
「はい!」
またイルカが手を叩く。
「今のが正しい例だ!違いのわかる人ー!」
いかにも賢そうな子がさっと手をあげると、イルカの許可をもらって立ち上がり、
「クナイの持ち方が違いますっ」
と、はきはきと答えた。
ナルトは親指をクナイの尻に乗せて握り込んでおり、ヒナタは人差し指を伸ばしてクナイの両刃の真ん中に添えて握っている。
「そうだ!作業によって同じ道具でも握り方が違う。変えないと効率よくいかないんだ。今日はカボチャの中身をくり貫くんだからヒナタが正解!ナルトの握り方では下手をすればカボチャを割ってしまう!」
「んが…」
固まった姿勢のまま唸るナルトに、生徒たちが爆笑する。
「どう使うかと考えることも大事だが、」
イルカは言葉を切ってナルトをじろりと睨むと、
「指示をよく聞くのはもっと大事だ。ナルト!『カボチャをくり貫く』と言ったのを聞いてなかったのか!」
まるで生徒たちへするままに怒鳴りつけ、ナルトも大きく竦み上がったので、生徒たちはますます喜んだ。
教室中から笑い声を浴びて渋い顔をしたナルトは、ふと隣に居るヒナタまで、口元を押さえてくすと笑ったのを見て目をむく。
「ヒ、ヒナタまで…っ」
涙目で抗議すると、ヒナタは慌てて両手をかざし、
「ご、ごめんなさいっ…あの…ごめんなさい!」
と真っ赤な顔をして謝った。
「とうした?ヒナタ?」
ナルトの向こうからイルカが助け船を出す。
「いや…あの…ナルトくんはアカデミーの頃もよく力加減を間違えて…教材を壊していたのを思い出しちゃって…」
小さいのに妙に通る声で言われ、生徒たちは床を叩いたり転げ回ったりして喜んだ。
かぁーっと顔を赤くして黙り込んでしまったナルトの頭をぱしぱしと叩きながら、
「そうだった、そうだった!変わらないなぁ、ナルト!」
イルカもお腹を抱えてからかう。
生徒たちと一緒にひとしきり笑ったあと、唇を突きだしてぶすくれるナルトに謝りまくるヒナタという二人の様子を見ながら、イルカはそっと微笑んだ。
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