ほんとの気持ち
『ナルトくんが………うそ…うそだ…そんなこと…あるわけ…ない…』
ナルトに抱き締められて嬉しいのに、ヒナタはナルトの言葉を必死で受け入れまいとした。
『だって…だってナルトくんは…サクラさんが…サクラさんがずっと好きで…』
あの時もこの時も。ずっと見つめていた。ナルトが輝くような嬉しそうな顔でサクラに駆け寄っていくのを。
どんなに邪険にされようとも、それすらも嬉しいという様子を隠さぬ満面の笑みでいるのを。
サクラから何かしてもらえば、茫然とするほど嬉しいこと。
または、飛び上がらんばかりにはしゃぎまくること。
ずっとずっと知っていた…
『だから…信じちゃダメ…きっと…きっとナルトくんは…』
ほろほろと新しい涙が湧いて溢れる。
『気づいたんだ…私が去っていこうとしてること…。仲間を失うことを何より悲しむ人だから…それがイヤなんだ…』
ならば…この胸の痛みを永遠に抱えて…彼が桜色の女性と結ばれて…仲睦まじく寄り添い合う姿を…永遠に…永遠に…
『笑顔で…側で…見ていなきゃいけない…んだ…!』
深い絶望で気が遠くなる。このまま息絶えてしまえればいいのに…そんな不謹慎な考えも頭を掠める。
だが…。
『それが…ナルトくんの…望みなら…』
ヒナタは決意を固めるように震える指先で必死にナルトの服を掴もうとした。たが、上手く動いてくれず何度もぎこちなく爪で引っ掻いてしまうだけ。
『?ヒナタ?』
ナルトはヒナタの様子がおかしいことに気づいていた。
ヒナタとはこれまで何度も心が通じ合うような時間を過ごした。泣きたくなるほど切なくて、でも消えない温もりを灯してくれる、大切な宝物のような時間。
それなのに、いとも簡単にその空気を壊すのは、ヒナタがその時間を自ら手放そうとしてしまうのは、春野サクラという存在。春野サクラを好きだと言い続けてきた過去の自分。
『違げーから!オレが好きなのはヒナタだから!ちゃんとそれを伝えなきゃ!』
だが、どう説明したらよいのかわからない。
バカみたいに「好きだ」と繰り返すだけではなくて…どう言えばヒナタの心に届くのかわからない。
大切にしたくて壊したくなくてそっとヒナタを包んでいた腕を強め、握っていた拳を開いてヒナタの腕を掴んだ。
「!」
驚いたヒナタの手のひらが自分の胸に押し当てられたのを感じてナルトはぎゅっと目をつぶった。
『あったけェ…』
ヒナタの手は冷たい。何度も手を繋いだからそれは知っているのに、押し当てられた手のひらからは温もりしか伝わってこない。
『手放したく…ねェ…!』
ナルトはさらに力を込めてヒナタを抱き締め、ひんやりしたヒナタの髪に自分の頬を擦り付けた。
「ヒナタ…」
思いがけず低い声が出て自分でも驚く。
ヒナタもまたそのことに身を固くする。
『サクラさんの時とは…ちが…う…』
ナルトに想われたいとは、あの輝くような明るい眼差しを受けたいということだったんだ…ヒナタはナルトの胸に額を押し付けた。
『ここは私の場所ではないのだから…だからここで…ナルトくんの胸で…泣いちゃいけない…』
指はどうしても動いてくれない。ならば押し返せばいいのに、それも出来ない。
「ヒ…ヒナ……」
声が掠れてしまうことが嫌で何度も喉を潤そうとするのに呼吸すらもままならなくなりそうで、ナルトも自分の身体を自分の意のままに出来なくて焦りが募る。
「ヒナタ…」
深呼吸するつもりで息とともに想いを吐き出してみる。それは愛しい人の名前となってするりとこぼれた。
『嗚呼…』
ナルトは嬉しくなって微笑んだ。全身がゆっくりと暖かくなっていく。
「ヒナタ…ヒナタ…好きだ…ヒナタ…」
そっとそっと包むように、囁くように。
伝えたい。伝えるんだ。この世で一番大切なひと。この世で一番失いたくないひと。
この世で一番そばにいて欲しいひと…
ナルトの声の響きにヒナタはまた新しく涙をこぼした。
信じてはいけない…信じてはいけない…この人が愛しているのは私ではなく別のひと…
「好きだ…好きだよ…ヒナタ…」
『ダメ…聞いてはダメ…』
「好きだ…好きだよ…ヒナタ…」
『聞いちゃダメ…な…のに………』
「ヒナタ…ヒナタ…好きだ…ヒナタ…」
『…ナルトく…ん…』
この状況に耐えきれず意識を手放しかけたヒナタの身体が、ナルトの腕の中で重みを増した。ナルトは事態が把握出来なくて驚いたが、身を任せてくれたのだと思って全身でしっかりとヒナタを抱きすくめた。
「ヒナタ…」
小さく小さく耳元に直接届けられたナルトの囁き声は、吐息と共に甘い響きももたらす。
「オレな…オレ…ヒナタじゃなきゃダメなんだよ…ヒナタ…」
ぼんやりとする意識の中で、ヒナタはナルトの身体が揺れるのを感じた。
「もう…ダメなんだよ…ヒナタじゃなきゃ…ヒナタ…ヒナタ…ヒナタ…」
また揺れる。
「あはは!バカみてー!…呪文みてーだ。『ヒナタ』って言うだけで、オレなんかめっちゃくちゃあったけーキモチになる!」
うひゃひゃ!と嬉しそうな笑い声が耳元でした。
嗚呼…きっと破顔してる…あの…あの大好きな笑顔…してる…
ヒナタの眼からまた涙がこぼれた。
この涙の意味なんてもうわからない。
ヒナタはただただ静かに涙をこぼし続けた。
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